オレは、いささかあきれていた。そろいものそろってこんな簡単に騙されるとは驚きだ。確かに仕掛けはうまくできていたような気がするが、誰かひとりちょっと確認すればわかったことだ。
山内の剣幕に片山は不安そうな表情になった。社長の前で工藤や自分が一方的に罵られたら、社長にどんな目に遭わされるか考えただけでも恐ろしい。 「私を犯人に仕立て上げる自信があるなら、社長呼んでもいいんじゃない。私なら、しないけどね」 山内が皮肉混じりに言った。
大手ネット広告代理店サイバーフジシン社 情報システム部の片山は、思考実験を繰り返していた。何度かの思考実験の結果、もっとも妥当な推理は、社長室の外にいる誰かが山内のトークンを盗み見して、金を奪ったというものだ。
「ほんとか? もう一度やってみろ。どうせダメならロックされてもいいだろ」 工藤にうながされて、山内はしぶしぶID、パスワード、そしてワンタイムパスワードを入力した。エラーが出た。工藤は、じっとその作業を観察する。
真田は、全く悪びれる様子を見せずに言った。この男は、ほんとに空気を読まない天才だと工藤は思った。
片山が言うと、工藤は懐から小型の双眼鏡を取り出し、のぞき込んだ。ややあって双眼鏡をはずすとにやりと笑った。無言で片山に手渡す。
「それは……そうですが、そんなすぐにばれるようなことをするわけないでしょう」 「そうかもしれないが、ワンタイムパスワードのトークンは、世界中でただひとりあんたしか持っていない。他のヤツには、できない。そうだろ」
「途中で遮断されると、3時間くらいはアクセスできません。Windowsのアップデートで強制的にリブートされた時、そうなりました」山内の言葉に、工藤は天井を仰いでため息をついた。
「その最後の取引はなんだ? 外部送金になってるぞ。五万ドルか…」工藤が画面を指さした。山内の顔色が変わる。「ついさっき送金してる。あんたがやったのか?」
「今、なにをやってたのか教えてもらえるかな?」工藤は山内をじっと見つめた。「山内さん、工藤さんに依頼することは社長からの指示でもあるので、ここはご協力願います」片山が言うと、山内は無言でうなずいた。
「ただ言っておくけど、株価操作の場合、社内犯罪の可能性はないと思ってる。理由は簡単だ。こんな大げさなことをしなくても新サービスの発表や決算発表の前にその内容を使って取引すればいいだけの話だろ。」
「だが、オレが考えてるのはそういう事じゃない。オレは社内犯罪だった場合、株価操作が目的じゃないと思ってる。移動しながら話ししよう」
まんまとワンタイムパスワードのトークンを手に入れた。アメリカのVPNに入り、バカ社長の口座にアクセスした。これでここにある金をいただける。 三千万ドル!
「当社の株価を暴落させるために、今後も攻撃を連続して行うと言ってます。次は顧客情報をネットに放流するとまで書いています」「なんだ、それ? 株価を下げるのが目的なのか?」
「わかった。じゃあ、とりあえず話を聞いて、そのうえで判断する。もしかしたら話だけじゃなくて、少し調べさせてもらうかもしれないけどいい? とりあえず社員の行動監視、管理用のツールの資料と、感染者と流出可能性の高い情報の一覧を見せてほしいんだけど」
「じゃ、オレのすることないじゃん」
「いえ、社長が犯人をつきとめたいと言っているのです」
「無理」
工藤は即座に答えた。
「まあ、ワンタイムアタッカーは利用しない以外の防御方法がないとまで言われるいやなソフトだからなあ」 工藤はうなずく。
インターネット広告代理店の大手サイバーフジシンに、ふたりの男が到着した。ひとりは工藤、もうひとりは真田と名乗った。ふたりは受付をすませると、無駄に豪華な応接スペースを眺めた。ここがワンタイムアタッカーの餌食になった会社だ。
「あのさ。やっぱり無理だと思うんだけどな」
「え? 工藤さんがそんなこと言うなんて、どうしちゃったんですか! できるに決まっているじゃないですか」
「ワンタイムアタッカー」は、最近急激に増加しているツイッターを利用したサービスである。第三者の個人情報を盗んでくれるとんでもないしろものだ。
社長は財務とグルになって、秘密の口座に金をため込んでいる。たまたまそのことを知ったオレは、盗めるんじゃないかと思うようになった。もちろん犯罪だ。しかし、盗んでも社長は表沙汰にできない。なにしろ、隠し口座なんだから。