「シーズン6は、工藤作品にしては珍しく、最後もきちんとカタをつけるというか、カタルシスのあるフィナーレを迎えます。その意味では、工藤シリーズのもっともミステリっぽい作品の一つといえるかもしれません。」
「『ワンタイムアタッカー』の執筆時点では、日本ではそれほどソーシャルメディアによるプライバシーの脅威というのは話題になっていませんでしたが、ようやく実態に近づいて来た感があります。」
「無理だから、それ。警察に通報しちゃった。簡単だよ。吹田さんが税金を払う覚悟を決めれば、警察に連絡できるんだ。まさか、税金払うと思わなかっただろ。甘いな」
「では、基本チャージ二百万円に、成功報酬三百万円でいかがでしょう? 二百万円は情報を買った費用の原価みたいなものです」 真田が揉み手しながら言うと、吹田は苦笑した。実際には、五十万円もかかっていない。
しばらく全員が黙った。それぞれ頭の中でオレの謎解きを反芻しているのだろう。 「金を取り戻す方法はあるのか?」 吹田が口を開いた。
吹田が大声を上げた。 「つじつまが合わない。犯人は、二回オレの口座から金を送金している。一回目の送金の時、ニセモノはトークンを持っていなかった。トークンなしでどうやって送金したんだ? それに送金を二回に分ける理由がない」
オレは、いささかあきれていた。そろいものそろってこんな簡単に騙されるとは驚きだ。確かに仕掛けはうまくできていたような気がするが、誰かひとりちょっと確認すればわかったことだ。
山内の剣幕に片山は不安そうな表情になった。社長の前で工藤や自分が一方的に罵られたら、社長にどんな目に遭わされるか考えただけでも恐ろしい。 「私を犯人に仕立て上げる自信があるなら、社長呼んでもいいんじゃない。私なら、しないけどね」 山内が皮肉混じりに言った。
大手ネット広告代理店サイバーフジシン社 情報システム部の片山は、思考実験を繰り返していた。何度かの思考実験の結果、もっとも妥当な推理は、社長室の外にいる誰かが山内のトークンを盗み見して、金を奪ったというものだ。
「ほんとか? もう一度やってみろ。どうせダメならロックされてもいいだろ」 工藤にうながされて、山内はしぶしぶID、パスワード、そしてワンタイムパスワードを入力した。エラーが出た。工藤は、じっとその作業を観察する。
真田は、全く悪びれる様子を見せずに言った。この男は、ほんとに空気を読まない天才だと工藤は思った。
片山が言うと、工藤は懐から小型の双眼鏡を取り出し、のぞき込んだ。ややあって双眼鏡をはずすとにやりと笑った。無言で片山に手渡す。
「それは……そうですが、そんなすぐにばれるようなことをするわけないでしょう」 「そうかもしれないが、ワンタイムパスワードのトークンは、世界中でただひとりあんたしか持っていない。他のヤツには、できない。そうだろ」
「途中で遮断されると、3時間くらいはアクセスできません。Windowsのアップデートで強制的にリブートされた時、そうなりました」山内の言葉に、工藤は天井を仰いでため息をついた。
「その最後の取引はなんだ? 外部送金になってるぞ。五万ドルか…」工藤が画面を指さした。山内の顔色が変わる。「ついさっき送金してる。あんたがやったのか?」
「今、なにをやってたのか教えてもらえるかな?」工藤は山内をじっと見つめた。「山内さん、工藤さんに依頼することは社長からの指示でもあるので、ここはご協力願います」片山が言うと、山内は無言でうなずいた。
「ただ言っておくけど、株価操作の場合、社内犯罪の可能性はないと思ってる。理由は簡単だ。こんな大げさなことをしなくても新サービスの発表や決算発表の前にその内容を使って取引すればいいだけの話だろ。」
「だが、オレが考えてるのはそういう事じゃない。オレは社内犯罪だった場合、株価操作が目的じゃないと思ってる。移動しながら話ししよう」
まんまとワンタイムパスワードのトークンを手に入れた。アメリカのVPNに入り、バカ社長の口座にアクセスした。これでここにある金をいただける。 三千万ドル!
「当社の株価を暴落させるために、今後も攻撃を連続して行うと言ってます。次は顧客情報をネットに放流するとまで書いています」「なんだ、それ? 株価を下げるのが目的なのか?」
「わかった。じゃあ、とりあえず話を聞いて、そのうえで判断する。もしかしたら話だけじゃなくて、少し調べさせてもらうかもしれないけどいい? とりあえず社員の行動監視、管理用のツールの資料と、感染者と流出可能性の高い情報の一覧を見せてほしいんだけど」