アートレビュー: 三上晴子「欲望のコード」於NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] | ScanNetSecurity
2024.04.26(金)

アートレビュー: 三上晴子「欲望のコード」於NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

複眼スクリーンをよく見ると、六角形の画像には壁のアームユニットに付けられたカメラからの画像がフィードされている事に気がつく - しかしそれは過去の誰かの姿でリアルタイムではない

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by Gohsuke Takama

1980年代から情報社会と身体をテーマとして大型のインスタレーション作品を発表してきたアーティスト三上晴子の個展「三上晴子 欲望のコード」が12月18日まで展示された。これはICCでも一番大きな部屋をそのまま使って、会場そのものの空間が作品となっていた。

会場の入口でタイトルをよく見ると、日本語では「欲望のコード」だが、英語では「Desire of Codes」になっている。直訳すればコードの欲望の意味になる。

入口を入ると壁に出迎えられる - 壁にはシステム稼働状況を表示する16:9モニターがある - モノトーンの表示 - 黒・グレー・白のバーグラフ - 青い線が忙しく動き回りリンクを結ぶ

壁の左右から展示空間に入る - かなり暗く、部屋の一番奥にある円形のプロジェクションスクリーンが目に入る - 六角形の小画面が61個あり昆虫の複眼のように見える - 時おり複眼スクリーンに映るインターネット経由の監視カメラ画像に色がある以外は室内もモノトーンだ

入って行くと「シャッ、シャッ、シャッ、シャッ」という音により、幅15m、高さ5m近い壁の裏側に規則正しく取り付けられた90個のセンサー・LEDサーボアーム・ユニットに気付く - アームは人を検知すると10度程の角度ずつそちらに向いて行き、そのときにサーボモーターが音を発している - 壁の前を通って行くに連れて、アームユニットは角度を変えてトラッキングしてくる - アームの先端のLEDが対象を白く照らし出す

複眼スクリーンをよく見ると、六角形の画像には壁のアームユニットに付けられたカメラからの画像がフィードされている事に気がつく - しかしそれは過去の誰かの姿でリアルタイムではない

壁と複眼スクリーンの間の空間に2mほどの長さの金属サーチアームが6本天井から吊られている - 傍に近寄るとサーチアームはスリープから立ち上がり唸りながら先端のビデオカメラを人間に向けて来る - サーチアームには小型レーザープロジェクターも取り付けられ光を投げかけて来る - 人間がサーチアームの監視エリアに入ると、この6本のロボットの腕のようなものが一斉にカメラを向けて取り囲む - 同時にレーザープロジェクターがカメラが捉えた人間の姿をその足下に投射する

複眼スクリーンに近づこうとしてサーチアームの監視エリアを離れると、加工された人間の話し声のような音響が頭の上の方を前後左右に走り抜ける - センサーに感知されないように暫く身動きしないで観察していると、突然天井のライトが点き数秒間壁を白く照らし出しフェードアウトしていった

このように、Desire of Codesの部屋はセンサーと画像と音響のプロジェクション機能を両方持つ。取り込んだ画像は常にデータベースに取り込まれ、室内に居る人間の行動のセンシングにより取り出されては、複眼プロジェクターに送り込まれる。センサーエリアに人間が誰もいなくなると自動的に画像データのサーチが始まり、細切れのビデオクリップが次々と高速にスキャンされるようになる。全体の動作を決めるマスターコントローラーのようなものは無く、それぞれの機能と人間とのインタラクションから得られた情報を元にして、システムが動的に状態を変えて行く。

Desire of Codesの単純な体験感としては、個人のプライバシーをロボットにトラッキングされる監視社会、といったものかもしれない。新聞にそのような作品評が載ってから急に観客が増えたという話は、多数の人にとっても気になる話題だったためであろう。

しかし12月16日に開催されたアーティストトークでは、元のアイデアはその印象とは違っていたことが明かされた。最初は、センサーを積んだ自律飛行する多数の小型ヘリコプターの群れが、会場に入った観客に45cmの間隔まで接近して周りにまといつくといったものだったが、自律飛行ヘリコプターは高度な技術を要すると判り、違う形での表現を模索したそうだ。英語タイトルの「Desire of Codes」に対し日本語の「欲望のコード」は敢えて裏返したという。またオーディエンスからの「着想はどこから得るのか?」という質問に応えて、Gmailの広告の観察を例に挙げていた。メールの内容や添付画像などに反応して何が広告に出て来るかを観察しているそうだ。ネットは生活の一部となり私達は日常の多数の時間を過ごすようになったが、そのような日常から着想を得るのだという。

三上の作品には、認知できる知覚と認知できない知覚の間に存在する薄い膜のようなものを浮き彫りにしてくる印象が常にある。テクノロジーを使わない1993年のICONOCLASMのようなインスタレーション作品でもそこが鮮やかだった。Desire of Codesでは、情報環境と物理環境の両方に同時に生活する二重化された現代の個人とその環境の間に存在する薄い膜。あるいは情報環境の日常から見える世界と、普段はバックエンドとして見えない存在にあるコンピューターのCodeとの間にある薄い膜。そして、Codeがじつは人工生命のように自律的に動作しているかもしれない現実が既に存在することを突きつけて来る。

三上は現在は多摩美術大学で教授として学生の指導にあたっているが、90年代はニューヨークで過ごしながら作品を発表して来た。彼女のiPhoneは分厚いシリコンゴムのケースに入ってる。自ら脚立に登ったり設置作業するからだ。C言語のプログラムを書くこともあったという。昨年にスプツニ子!が理系女性アーティストとして登場したが、三上はこの地平の90年代からの先駆者の1人と言える。

Desire of Codesは2005年に初作が発表されたのちバージョンアップを重ね、2010年3月に山口情報芸術センター [YCAM]にて、今回のICCでの展示で見られた「蠢く壁面」「多視点をもった触覚的サーチアーム」「巡視する複眼スクリーン」という三部構成の大規模なインスタレーションとして発表された。その後ドイツのドルトムント、オーストリアのウィーンと展示され、今回のICCはよりスケールアップしたものになった。作品はこの後2012年3月からロシアのサンクト・ペテルブルグで展示される。

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Gohsuke Takama (高間剛典)

・メタ・アソシエイツ (Meta Associates) 代表

ITセキュリティ・データプライバシー・プロジェクトコンサルタント、ITジャーナリスト

技術動向分析による調査報告やテクノロジー事業戦略立案・政策案アドバイス、国際セミナー/コンファレンス制作やセキュリティテストのプロジェクト管理など、電子機器設計製造事業とイベント制作を手がけた経験をもとに、様々なコンサルティングを提供している。アメリカなど海外と日本とを1991年より頻繁に往復、各種のコンピューター技術関連コンファレンスや学会に参加し、インターネットとテクノロジーの最新状況、セキュリティとプライバシー保護政策、重要インフラ保護政策や施策の動向をリサーチしている。

アメリカやヨーロッパでのインターネットの情報セキュリティと暗号・デジタル署名技術、プライバシー保護技術政策の動向の継続的追跡、電力・通信など重要インフラの保護対策や事業継続性プランニングについても調査。またセキュリティと平行して、人工知能エージェント技術、P2Pネットワーク技術、Web2.0サービス技術、ソーシャルメディアなどの最近のICT動向についても調査し、近年はアジアにも守備範囲に加えている。

http://www.gohsuketakama.com/
《ScanNetSecurity》

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