本作は「サイバーセキュリティコンサルタント工藤伸治シリーズ」の外伝に位置する作品で、工藤伸治ならぬ工藤邦彦(くどう くにひこ:イラスト中央)が主人公として登場する、アナザーワールドを描く作品です。
物語は、30年間の経済成長停滞によって生まれた日本の暴力的格差社会に、強烈な問題提起を行うショッキングなプロローグから幕を開けます。工藤は、顔に隈取りをほどこし名刺に「革命家」と印刷したうら若い天才女性技術者「夏神全壊(かがみ ぜんかい:イラスト左)」によって強引に「B級ハッカー狩り」と呼ばれる奇妙な現象の調査を依頼されます。
「B級ハッカー狩り」とは、日本各地で同時多発的に発生した、飛び抜けた技倆や才能は持ち合わせてはいないものの、ソフトウェアの脆弱性発見やCTFの成績等々で一定の成果を持つ日本のセキュリティ技術者が、大量に勤務先を退職し郊外等へ引っ越し、以後ほとんど連絡がとれなくなるという作品世界中で起きる出来事です。
工藤邦彦の自宅兼事務所には、夏神の「作戦参謀」と名乗る、身体中に美しくさえある自傷痕を刻印し、キュートなロリータファッションに身を包んだ冬野亘望(ふゆの わたみ:イラスト右)も登場、突如出現した謎のハーレム状態の中、工藤は自らがおとりとなって捨て身の調査を進めていきます。
タイトルの「超限政変」とは、中国人民解放軍将校が定義した新しい戦争の概念「超限戦」をふまえた言葉です。戦争が、国家が行う実力行使を伴う政治行為だとすると、クーデターは民衆等が行うこともできる実力行使を伴う政治行為です。そこに作家のどのようなメッセージがこめられているのか、是非読み解いてください。
頭の中に閃くものがあった。あれだけの力を持っている夏神がオレのところに来た理由がやっとわかった。
「それが一番効果的。相手の攻撃力を落としつつ、こちらの攻撃力がアップする。つまり最高」
残念ながらディストピア・アニメなんですよ。工藤さん、なにか情報持っていたら教えてください。SNSは完全にこの話題で持ちきりです。リサーチャーの連中はSNS征圧兵器が使用された可能性を疑ってます。
「それってつまりお前らがオレの部屋から出て行くってこと? 大賛成だね」
なんだかおおげさだなと思ったが、それは決しておおげさではなかったことは作戦開始とともにすぐにわかった。
世の中にはこういうヤツがどれだけいるんだろう? ネット世論を勝手に操って競争相手を叩いたり、社会を思う方向に誘導したりしている正体不明の連中。薄ら寒くなる。
「ブラックゲーム社が“B級ハッカー狩り”に関与している証拠をメディアとSNSにばらまいて世論を誘導する。そのためにあたしたちと一緒にトロールの操作をしてもらう」
「諸君! 時は来たようだ」
夏神が立ち上がった。目がらんらんと輝いている。やる気満々だ。
すごくイヤな予感がする。夏神の顔を見ると、相変わらず固いが目が明らかに楽しそうだ。世の中にはぎりぎりの状況、戦いの中で生きている実感を味わうのが好きな人間がいる。こいつもきっとそうだ。
夏神が鋭い目でオレをにらむ。緊急ならメッセージか通話で指示した方が早いだろ。オレは肩をすくめてビールをコップに注ぐ。夏神がオレを怒鳴りつけそうな感じで大きく口を開ける。
日本には貧困があって底辺の連中は地獄を見てる。知識としては知っていたが、貧困地獄からナマで話を聞かされたのは初めてだ。それに妙に目が据わっていて、瞬きもせずにオレを見つめている。怖い。
「工藤さんに話してもいいですか? さもないと瀉血しそうで。したくてしょうがないんです」
「あたしは証拠集めを始める。工藤さんはハイテックサポートの金の流れを調べられたら調べて。どこから金が出てるかわかればそこが元締めでしょ」
「お前ら、本気でそんなこと考えてるのか? いいか? それってトンデモ陰謀論だぞ。デタラメにもほどがある。そんなことあるはずないだろう。仮にあったとしても、誰も信じない。そんなことで炎上するわけないだろ」
「それでは、まず無知な被害者の工藤さんのために、主にネットワーク上の情報にフォーカスして簡単に日本が置かれている状況をご説明します」
「初めまして、冬野絶望(ふゆの ぜつぼう)と申します。夏神とともに世界同時サイバー革命を目指しております。突然お邪魔して申し訳ございません」
いずればれるだろうとは思っていたが、予想以上に早い。やはり監視されている。オレは無視して歩き出す。
オレはその場でNDAを手に取って読んで見た。お約束の内容で特別なものはない。社名をみると「合同会社ハイテックサポート」と書いてある。しょぼい名前だ。
「工藤さんは囮になって相手と会っていろいろ訊き出してよ。もし殺されたら花くらい手向けるよ。つまり、スーサイド・ミッション」
「待てよ。B級ハッカー狩りはそんな国際的な陰謀なのか?」
「お前はなんでそんなに無防備なんだ? 個人情報ダダ漏れだぞ」