その時、部屋の扉をノックされた。
「開けていいよ」
声をかけると、少しだけドアが開き、冬野が顔をのぞかせた。顔色が悪い。ピザの食い過ぎで腹を壊したのか?
「あのう。お風呂場をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「風呂入るの?」
わざわざ初対面の男の家の風呂に入るってどういう意味なんだ? 調子悪いんじゃないのか?
「いえ、その。やっぱりいいです」
冬野はうつむくと真っ赤になった。
「その代わりといってはなんですけど……あたしの話を聞いていただけませんか?」
「しばらくは相手が罠にかかるのを待ってるだけだからいいけど、なんの話?」
「あたし、時々年配の男性に自分の過去を話したくなるんです」
「はあ」
「工藤さんに話してもいいですか? さもないと瀉血しそうで。したくてしょうがないんです」
なにを言ってるのかわからない。しゃけつってなんだ? 不気味な響きの言葉だ。なんだそれ? それになんでそんなことをしたくなる? しかもオレの家で。
「なにを言ってるのかよくわからないんだが」
「ああ、すみません。あたしは心の病気で時々理由なく呼吸できないほど落ち込むことがあります。今がそうです。頓服を飲んで話ができるまで持ち直しましたけど、このままではなにもできません。瀉血というのは自分の身体から血を抜くことで、そのための注射針と血を入れるためのボトルは持ってきました。お風呂場で瀉血しようと思ったのですが、瀉血せずとも身の上話をきいていただくだけで落ち着くことがあることを思い出しました」
声が震えているし、顔色も思い切り悪いから本当に調子悪いんだろう。だからって血を抜くって意味がわからない。ぞっとした。
「なにを言ってるのかわからない。なぜ、自分の身体から血を抜きたくなるんだ?」
「わかりません。でも、落ち着くんです」
「オレの家の風呂で血を抜くつもりだったのかよ。話くらいいくらでも聞くから止めてくれ。それにしてもなんだって、オレに聞いて欲しいんだ?」
「理由はないんです。なんとなく話すと楽になりそうな気がしたんです。聞くとすごく後悔すると思いますけど、許してください」
冬野はそう言うとオレの椅子の横の床に座り込んで話し始めた。オレは普通に椅子に腰掛けているから、妙に高低差がある。とはいえこの部屋には椅子がひとつしかないし、事務所になってる部屋にはソファがふたつあるが、サイトの罠の状況がわからなくなるからここを離れるわけにはいかない。
「このままで大丈夫です。お仕事続けてください。勝手に話すので、聞いてもらえるだけで大丈夫です」
冬野がそう言うので、オレは椅子に座ったまま見下ろす感じで話を聞くことにした。なお、この位置からだとドレスの胸元から豊満な胸の谷間が見えて危険だ。絶対手を出しちゃいけないと思いながらも、頭の片隅では夏神はここに戻ってくるんだろうかとか考えていた。頭の半分くらいはやる気まんまんになっていた。
オレの気持ちがわかっているのかどうかわからないが、冬野は勝手に話し出した。