「社員の定年後のことまで面倒見切れるほど豊かな時代じゃないことはわかってる。ただ、こういう犯罪はまた起こるし、それが自然だってことは覚えておいた方がいい」
だが、動機がわからなかった。それだけが問題だった。社長と会ってそれがわかった。あんたはずっと以前から社長の隠し口座の金を狙っていたが、チャンスがなかった。ないなら無理矢理作ろうってことで今回の事件を思いついた。
「なにを言ってるんです? サムズブロスの社員が周りにいて、監視カメラにも映ってたはずじゃないですか」
問題は解けないように見えるが、オレはなんとなく足りないピースが見えてきていた。それがはっきりすれば犯人を特定できる。
表紙と目次だけ見て答えた社長に、オレは、犯行可能人物のページを見るように促した。
「うーん、ざっくばらんで話のわかる人ですけど、慎重っていうか変なところにケチっていうか、よくわからないけど、いい人です」
「私もそう思います。差し出がましいことを申し上げるようで恐縮ですが、吉沢は容疑者からはずしてよいのではないでしょうか?」
資料に書いていないことはまだありそうだ。オレは自分で情報を集めることにした。
売上のごまかしは長期間にわたっているようだから、隠した売上は億を超えるだろう。それがどこにあるのかは気になる。
オレと目を合わせず、落ち着きなく周囲を見回し、貧乏揺すりを始める。絵に描いたような不審者って感じだ。
第三者を巻き込んで実行するには、百万円は安すぎる。百万円を手に入れるなら顧客データを盗んで売るなり、もっと手っ取り早い方法もありそうだ。
この手の犯罪は手かがりが少ない。動機がわかると、有力な手がかりになる。しかし、動機は動機で物的証拠ではないから注意が必要だ。
通信密室とは外部との通信を完全に遮断している部屋のことだ。電波を通りにくくし、ジャミング電波を流している。通信は有線LANのみという徹底ぶりだ。
変なところでオレは奥ゆかしい。自分の手柄をえらそうに話せない。
ランサムウェアと呼ばれるマルウェアを使ったサイバー犯罪。オレは何度も扱ったことがある。