「君らに急ぎの仕事はないし、人日の費用は調べてある。通常の五割増しの費用をお支払いする。作業日数は数日で足りるだろう。もちろん必要な実費も払う」
荒垣が短く答え、箱崎は舌を巻いた。思った以上にできる相手だ。そこまで調べていたとは思わなかった。君島は決して情報を漏らさないから、君島から紹介されてすぐに別ルートで情報を確認したに違いない。そして確認後、すぐに佐藤を連れてここに来た。次の仕事の依頼主と接点があるかもしれない。油断しない方がよさそうだ。この仕事では依頼主が味方で安心できる相手とは限らない。
「少々お待ちください」
如月が立ち上がる。見た目はいつもと変わりない穏やかな笑顔だが、いつも一緒にいる箱崎には明らかに違うことがわかる。やる気まんまんだ。金払いがよさそうだからだろう。
如月はスマホをいじりながら自分の机にゆくと、紙を二枚持ってきた。まさかと思ったが、発注書と控えだった。工数と費用が記載されている。横目で箱崎が確認すると、いつもの 1.5 倍になっていた。しかも一万円未満を切り上げている。それを差し出すと、さすがの荒垣も目を丸くした。
「念のためこちらに署名と捺印をいただけますか?」
如月は微笑んで荒垣の正面のソファに腰掛ける。荒垣は苦笑いしながら名前を書き、ポケットからハンコを取り出すと押した。
「三日間でいいのか?」
荒垣の言葉に箱崎は思わず身を乗り出した。確かに三日後に納品と書いてある。すっと不安が立ち上る。
「はい。もしダメならご相談しますが、おそらく問題ありません」
いったいどこから三日間でできるという発想になるのか箱崎にはさっぱりわからないが、如月には勝算があるのだろう。
ここは黙っておこう。
「では、私はこれで失礼する」
そう言うと荒垣が立ち上がったので、箱崎と如月も立ち上がる。
「いや、見送りは結構」
荒垣はそう言うと、佐藤の肩を軽く叩く。箱崎と如月は立ったままだ。
「頼んだぞ」
佐藤はうなずき「おまかせください」と答えた。
荒垣が扉のノブに手を掛けたところで、箱崎と如月は頭を下げる。こんなことをするなら見送っても同じじゃないかと思ったが、口にはしない。
無言で扉を閉めかけた荒垣が突然振り返った。
「社名は姉妹社だが、おふたりには血のつながりはないのではないかな?」
それも調べていたか、と箱崎は心の中で舌打ちする。
「ええ、赤の他人です。でも血のつながった家族より濃い関係です」
箱崎がすぐに応えると、如月に腕をつねられた。表現が不穏当だったかもしれない。荒垣は不思議そうな顔で黙っている。
「女ふたりなので姉妹社としただけです。特に深い意味はありません」
如月が無表情で付け加える。
「ああ、そうなのか。なるほど合点がいった。では、三日後に」
荒垣はそう言うと扉を閉めた。全然説明になっていないだろ、どこで納得したんだ、と箱崎は思う。如月の説明は、説明じゃなくて説明の拒絶だろ。