扉が閉まるとふたりは再びソファに腰掛けた。目の前には佐藤がいる。佐藤さえいなければ、すぐに如月になんで三日間にしたのか問い詰めるのだが、今はそうもいかない。如月は座ったものの、スマホを取り出していじっている。クライアントの前で、それはないだろう。肘でこづいてやめさせようとしたが、横目でにらまれた。なにか大事なことらしい。
「佐藤さん、ムダなことはしたくないので、最初に確認します。ドヒンギャ虐待そのものは事実という前提で調査を進めてよろしいんですよね?」
如月は放っておいて箱崎は話を始めた。横目で見ると如月の目はスマホに向けられたままだ。
「はい」
佐藤はバッグから MacbookPro を取り出す。
「すでに国連決議その他で充分な証拠が提示されていますから、この点については調査の必要はないと思います。そして虐待にマンマー軍部や仏教徒がかかわっているのも確定です。仏教指導者のアジムヴィラノは堂々と虐待を煽っていることを認めています。軍や仏教指導者が煽り、民衆がそれに乗って虐待を広げる構図になっていて、ヘイトの拡散や虐待の指示に用いられているのは SNS、特に Fatebook とその子会社のメッセージングアプリの WhatsOn です。そのへんの資料は僕がまとめたものがあります」
キーボードを叩きながら佐藤が答える。それにしても眼鏡の美青年と MacbookPro はこんなに相性がよいものとは知らなかった。うっかり見とれそうになる。
「虐待が事実で軍部が関与しているとすれば、犯人は軍部と考えるのが自然ですね。共謀可能性があるのは、マンマー政府のだれか、ウンサンスーチー、仏教徒の指導者くらいですか?」
「可能性だけで言えば、海外からの干渉の可能性もありますので、ロシア、中国、イラン、アメリカも含めるべきでしょう。あとマンマーでは政府と軍部は別の組織です。政府の下に軍部があるわけではないので、別個のものとして考える必要があります。ちなみにウンサンスーチーはマンマー政府の事実上の長です」
ロシア、中国、イラン、アメリカと聞いて箱崎はため息をつきそうになった。いずれも世界に冠たるネット世論操作部隊を抱えている。もしこれらの国が関与していたら、作戦の全貌を明らかにするだけでも骨が折れる。
「軍部が政府の管理下にない?」
だが、それ以上に箱崎が気になったのは軍部のことだ。
「その通りです。軍部は独立した存在になっています。かつての軍政の名残で、無理に政府の下に置こうとすると強硬な反発が予想されたのでしょう。そのためマンマー政府は軍を制御できない」
聞けば聞くほど面倒な話が出てくる、と箱崎は眉をひそめた。
「軍部は虐待に加担し扇動しているようですが、マンマー政府は虐待には関係していない可能性があるんですか?」
「積極的には加担していないでしょうが、容認はしています」
「じゃあ、日本政府がマンマー政府にまかせると言っているのは虐待を直接支持しているということにはならないんですね?」
「いえ、日本政府は軍部も支援しています」
佐藤の言葉に箱崎は目を見張った。まさか直接兵器を与えたりはしていないと思うが、どのような形でも少数民族虐待を行っている軍隊に支援するのは平和国家という看板をぶら下げている日本らしくない。
「軍部を支援?」
「自衛隊幹部がマンマー国軍の虐待をしている張本人と会談して支援を約束しています。これは言い逃れできません」
そう言うと佐藤はレポートの中の新聞の記事を引用しているページを開いて見せた。マンマー軍の軍人と日本の自衛隊の人間が仲良く並んで会談していた。
「最悪ですね」
「おっしゃる通りです」
つづく