「じゃあ、そのメタ犯人は誰なんです?」
「簡単です。単純なことでした。マンマーの今の状況を作れるアクター、もっとも影響力を行使できるアクターしかメタ犯人になりえません。つまり Fatebook 社です。彼らは意図的に今回の事件を仕掛けました」
荒垣がうなり、佐藤が愕然とする。
「目的は? 国際的に非難を受けるだけでしょう。実際、今でも非難を受けてる」
佐藤の言葉に箱崎と如月は微笑む。思った通りの反応だ。誰でもそう思う。でもそれは自由主義国の報道を見ているからだ。Fatebook を最初から犯人から除外していたのは、単なるツールに過ぎないという思い込みと、これ以上多くの批判にさらされると事業継続すら困難になるという誤解だった。
「国際的? 民主主義国だけですよね。世界には民主主義国でない国の方がはるかに多い事実があります。厳密な意味の民主主義、完全な民主主義は 20 カ国のみで、世界の人口の 4.5 %、GDP では 20 %そこそこにすぎません。市場としては非民主主義国の方が圧倒的に大きいといえます。すでに Fatebook のユーザーは欧米以外の完全な民主主義ではない国の方がはるかに多いんですよ。今後の成長もそちらの方が見込めます。アジア、ラテンアメリカ、アフリカがこれからの世界経済を牽引することになるのは目に見えています」
如月がにっこり笑う。三日前に佐藤が教えてくれたことだ。民主主義ではない国の方が多いなら、Fatebook もそうではない国を相手にビジネスをすればよいだけの話だ。そちらの市場の方が大きいし、成長も見込める。民主主義国の報道機関の非難など怖くない。Fatebook がエセ民主主義国の権力基盤を支える基盤のひとつになれば、それらの国々は Fatebook を離せなくなる。
「加えて申し上げると、民主主義というのは構造的に衰退するようにできています。その理由はたくさんありますが、たとえば民主主義が標榜する人権という価値観は、あまねく人々は生まれながらにして生きる権利を持っているとしています。それは生産性の低い人間などの生存権を守るために、生産性の高い人間から搾取し、低い人間に分け与えることを意味します。生産性の低い人間は生き延び、子孫を残すため、その国の生産性の低い人間の比率は上昇します」
荒垣がぎょっとした顔をした。言い過ぎだ。
「いまのはあくまでもたとえであって、如月や当社がそのようなことを主張しているわけではありません。誤解しないでくださいね」
箱崎があわてて付け加えると、荒垣は「ああ、うん」とうなずく。ちゃんとわかってくれただろうか?
「民主主義というのは多くの人間に希望を与える統治形態ですが、非常にコストがかかります。そのコストには金銭だけでなく、人間の命も含まれます。そうした犠牲の上に成り立っているため、変動の時代には維持することがきわめて困難になります」
フォローのつもりらしく如月が付け加えたが、あまりフォローになっていないような気がする。見たところ、荒垣は民主主義にまだ幻想を持っている。佐藤はそうでもなさそうだが。
「さっきの結論について質問させてくれ。Fatebook が事業を拡大するために意図的に民族虐待を仕組んだっていうのか?」
そう聞いた佐藤の顔色が変わっていた。Fatebook がそこまでの意図を持っていたことが信じられないのだろう。
「メタ犯人の概念のおさらいが必要ですね。Fatebook は特定の騒動を仕掛ける必要はなかったんです。Fatebook と WhatsOn を普及させれば、必ずなにかが起こる。そしてそれは対応を誤れば致命的なまでに拡散し悪化する、今回のように。Fatebook は口だけで対応を約束し、結局なにも有効な手段を講じていない。民族虐待でなくてもよかったんです。Fatebook が重要な役割を果たす大きな問題が起こりさえすればね」
「意図的だと言い切れるのか?」
佐藤の表情が険しくなる。全く予想していなかった結論なのだろう。だが、これが論理的な結論だ。それにしても佐藤がここまで感情的な反応を見せるとは思わなかった。
「意図せずそうなった可能性は確かに存在します。しかし Fatebook は同じ間違いを世界各地で経験済みです。アメリカの大統領選、インドネシア、マレーシア、カンボジア、フィリピン、いくらでも例を挙げられます。インドでは Fatebook で広がったデマによるリンチ殺人も起きています。ネット世論操作を行うイギリスの 77旅団は Fatebook 部隊と呼ばれています。知らないはずがありません。しかもいまだに世界各地で同様のサービスを行い、同様の問題を起こしています。なにか致命的なことが起こることを承知でしかけたとしか言いようがありません」
如月の言葉に佐藤は黙る。
「彼は以前 Fatebook にいたんだ」荒垣が言いにくそうにつぶやいた。
「えっ!?」箱崎は絶句した。さすがの如月もばつの悪そうな表情を浮かべる。
「知らぬこととはいえ、失礼しました」
箱崎が頭を下げると、佐藤は肩をすくめて笑った。
「気にしないでください。私もあそこは化け物の住処だと思ったから辞めたんです。今回の結論は別として、Fatebook が一民間企業でも国家でもない、世界に影響を及ぼす別次元の存在になりつつあるのは同感です」
佐藤の言葉に箱崎はほっとした。
「それにしても、にわかには信じられん」
荒垣がため息をついた。
「つい先日、Fatebook は極右サイトをファクトチェックパートナーに迎えました。メディアに批判されましたが、これも Fatebook 社の隠れた意図を考えれば理由がわかります。同社は立場上、自由と人権を尊重するふりをしながら、非民主主義各国にすり寄り、その市場を手中に収め、拡大しようとしています」
「飛躍しすぎだ! だって……」
佐藤はそう言ったが、具体的な反論の根拠が思いつかないらしく、それ以上言葉が出てこない。
「でも、ご安心ください。彼らの秘密作戦も四年以内に終わります」
如月が満面の笑みで付け加えた。これがもうひとつの重要な要素だった。こんなことは長く続けられない。でもたった五年でよいのだ。
「なぜだ? なにか始まるのか?」
「民主主義は選挙で殺されます」