民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第3回「メタ犯人」 | ScanNetSecurity
2025.03.24(月)

民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第3回「メタ犯人」

 公開情報というと大したことないように聞こえるが、世界中がネットでつながっている現代では、OSINT によってさまざまな秘密が暴露されている。有名なのは 2014 年 7 月に墜落したマレーシア航空 MH17便が実際にはロシアによって撃墜されたことを暴いたベリングキャットの記事だ。ベリングキャットはイギリス人ブロガーのエリオット・ヒギンズが始めた調査報道サイトであり、世界でもっとも有名な OSINT による調査報道サイトとなっている。

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民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿

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 マンマーのドヒンギャ虐待を主導している者 = 犯人とその目的を突き止めるのが今回の依頼だ。

「ドヒンギャ虐待をマンマー政府が扇動しているなら、ゆゆしきことで日本政府もこれまでの姿勢を変えざるを得なくなる。おそらくそうなんだがね」

 佐藤がひととおり説明すると、最後に荒垣が付け加えた。本当の依頼主は外務省のどこかの部局なのだろうと箱崎は当たりをつけた。あるいは内閣官房かもしれない。荒垣は外務大臣とも親しいはずだから、大臣から個人的に依頼された可能性もある。それにしても「民主主義が殺された」とは大げさな表現だ。

「ドヒンギャ問題ですか、寡聞にして存じませんでした」

 箱崎はそう言い、如月を見る。如月も知らなかったというように首を横に振った。

「日本で暮らしている分にはニュースにもならないし、ほとんど知る機会はありません」

 佐藤はそう言うと荒垣の顔をちらっと見る。荒垣はどう思っているのかわからないが、佐藤はこちらをなめている。こんな連中に相談する必要はない、と言いたそうだ。こちらもなぜここに相談に来たのか訊きたいくらいだが、依頼があった以上はベストを尽くす。それに政治や外交はわからないが、なんとなく面白そうだ、多くの人が苦しんでいることなので不謹慎だが、興味をそそられる謎がある。これほど大規模な問題が発生しているのに犯人も狙いもわかっていないなんてどういうことなのだろう? 箱崎には民族同士がいがみ合う感覚が理解できない。日本国内にも民族の迫害や虐待はあると知っているが、なぜそんなことをするのか理解に苦しむ。

「……マンマーって暑いんですよね。暑いのは苦手です。それにマンマーの言葉を話せないので OSINT でよろしいんですよね」

 さきほどとは打って変わって如月が顔をあげてにこにこした。如月が暑がりなのはよく知っているが、暑いのは苦手とクライアントの目の前で平気で言えるのはすごい。OSINT は諜報関係の用語で、公開情報のみを手がかりに情報分析、整理を進めることだ。

 公開情報というと大したことないように聞こえるが、世界中がネットでつながっている現代では、OSINT によってさまざまな秘密が暴露されている。有名なのは 2014 年 7 月に墜落したマレーシア航空 MH17便が実際にはロシアによって撃墜されたことを暴いたベリングキャットの記事だ。ベリングキャットはイギリス人ブロガーのエリオット・ヒギンズが始めた調査報道サイトであり、今では世界でもっとも有名な OSINT による調査報道サイトとなっている。2018 年にはベリングキャットを題材にしたドキュメンタリー映画がエミー賞を受賞した。

「もちろん、かまわない。あとメタ犯人も見つけてほしい。それが重要だ。メタ犯人の意図に踊らされるわけにはいかない」

 荒垣が付け加えた。

 「メタ犯人」と聞いて箱崎の鼓動は早まる。君島が紹介するだけあって、サイバー犯罪のことをわかっているんだ。

「メタ犯人という言葉をご存じとはお見それしました。メタ犯人がいるとお考えなんですね。慧眼か節穴か、結果が楽しみです」

 また一言多かったと箱崎が唇を噛むと、荒垣はかんらかんらと笑い、佐藤は渋い顔をした。軽口に目くじら立てない客はありがたい、と箱崎は安心した。企業のシステム部の上層部はとにかく頭が固くてプライドだけが高い。箱崎の軽口にやっきになって噛みついてきて何度もケンカになったことがある。

 「メタ犯人」とは実行犯を操って犯行に駆り立てた者を指す。実行犯自身が操られていることに気づかないことも多い。荒垣はドヒンギャ虐待にはメタ犯人がいると考えているようだ。実行犯も特定できていないのに、メタ犯人までたどれるのだろうか?

「佐藤を手伝わせる。役に立つと思う」

 荒垣の言葉に箱崎は如月と顔を合わせる。人材を貸すとは太っ腹だ。こっちの都合を考えないのはどうかと思うが。

「よろしくお願いします。一通り資料も持参しました」

 佐藤はそう言うと横に置いたバッグを掲げて見せた。こいつらはそんなに急いでいるのかと箱崎は驚く。提案書も見積もりもなしで仕事を始めさせるつもりだ。

「まだお引き受けするとは申し上げておりませんし、費用のこともお話ししておりませんが」

 如月が平然と言い返す。見かけは静かだが交渉ごとは得意だ。箱崎は思ったことを口にするが、如月はそのあたりをうまく調整する分別がある。そして絶対に折れない、引かない。

「君らに急ぎの仕事はないし、人日の費用は調べてある。通常の五割増しの費用をお支払いする。作業日数は数日で足りるだろう。もちろん必要な実費も払う」

 荒垣が短く答え、箱崎は舌を巻いた。思った以上にできる相手だ。そこまで調べていたとは思わなかった。君島は決して情報を漏らさないから、君島から紹介されてすぐに別ルートで情報を確認したに違いない。そして確認後、すぐに佐藤を連れてここに来た。次の仕事の依頼主と接点があるかもしれない。油断しない方がよさそうだ。この仕事では依頼主が味方で安心できる相手とは限らない。

つづく

《一田 和樹》
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