民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第2回「民主主義指数」 | ScanNetSecurity
2025.03.24(月)

民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第2回「民主主義指数」

 「このうち選挙の手続きと政治参加以外のカテゴリーは、指標ができた 2006 年以降、悪化の一途をたどっています。中でも政府機能つまり透明性、説明責任、腐敗、人権などについては特に悪化がひどい。荒垣さんのお言葉をお借りすると、世界の民主主義は緩慢な死を迎えつつあると言ってよいでしょう」

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民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿

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「君島さんのメールには、“民主主義を殺した犯人”を特定してほしい、と書いてありましたが、どういうことなのでしょう?」

 我慢できずに箱崎は自分から切り出した。

「とある国で民主主義が殺されつつあるというか、もう殺されてしまったようなので、その犯人と目的を調べてもらいたい」

 昨今はいろいろなものを擬人化してアニメやマンガにするのが流行っているが、中年のおっさんが民主主義を美少女に擬人化したアニメに興じている姿を想像してぞっとした。

「おつかれのご様子ですね。近くに比較的信頼できるメンタルクリニックがあるのでそちらの方が適任かもしれません。まだ診療時間内です」

 箱崎は失礼にならないよう言ったつもりだったが、考えてみるとメンタルクリニックを勧める時点で相手のことを信用していない証拠なので完全にアウトだった。如月がくすりと笑った。

「メンタルクリニック? 愉快だ。それくらい胆力がある方が心強い」

 荒垣が鷹揚に笑ったので箱崎はほっとした。隣の部下の男性は困惑している。

「左様ですか。安心しました。ご自身の正気に自信をお持ちなのですね。では依頼内容の詳細をうかがってもよろしいですか?」

 箱崎は重ねて失礼なことを口にしたが、止められない。

「もちろん、そのために来たのだ。まず“民主主義の死”について当研究所はふたつの定義を持っている。ひとつは民主主義指数が“完全な民主主義”もしくは“瑕疵のある民主主義”未満になった場合。もうひとつは短期間に著しく民主主義の価値を毀損する事態が当該国政府容認もしくは主導のもとで発生した場合。今回は後者のケースだ。マンマーは軍政だったが、民主化し状況はよくなっているが、まだまだ完全な民主主義にはほど遠い。そこに今回の虐待で大きく後退した」

「民主主義指数?」

 民主主義に指数があるなんて初めて耳にした。箱崎が首をひねると、すかさず如月が口を開いた。

「民主主義指数とは Economist Intelligence Unit(英エコノミスト誌の研究所)が 2006 年から公開している指標ですね。選挙の手続きと多様性、政府機能、政治参加、政治文化、人権という 5 つのカテゴリーごとに指数していたと記憶しています」

 やはり知っていた、と箱崎は感心する。如月はおそろしいほどの相対主義者だが、思想や政治にはくわしい。

「このうち選挙の手続きと政治参加以外のカテゴリーは、指標ができた 2006 年以降、悪化の一途をたどっています。中でも政府機能つまり透明性、説明責任、腐敗、人権などについては特に悪化がひどい。ただし対照的に政治参加は急速に上昇していますが、おそらく政府機能の悪化に対する抗議活動が活発化していることも影響しているのでしょう。荒垣さんのお言葉をお借りすると、世界の民主主義は緩慢な死を迎えつつあると言ってよいでしょう」

 如月の言葉に荒垣と佐藤が顔を見合わせる。

「君島くんが君たちを推薦した理由がわかってきた」

 荒垣はそう言うと、横に腰掛けている若者、佐藤に目配せする。眼鏡の似合う細面のスーツというのはサマになる。

「荒垣の下でネット世論操作についての調査を担当している佐藤喜一と申します。あらためまして、よろしくお願いいたします。荒垣が雑な説明をして失礼しました。では、今回の依頼内容についてご説明いたします」

 佐藤は立て板に水を流すように流暢に状況を説明しはじめた。

 箱崎と如月はその説明で事情がのみ込めた。東南アジアにあるマンマーという国で数年前から少数民族ドヒンギャに対する深刻な虐待が起きている。虐待しているのは主にマンマーの仏教徒と軍部だ。マンマーの国民のほとんどは仏教徒だが、ドヒンギャはイスラム教徒であるため、民族の違いに加えて宗教の違いも問題に拍車をかけている。

 マンマーはドヒンギャを違法移民としているが、国民に戸籍が与えられた際にドヒンギャには与えられなかったため合法的に違法移民という存在にさせられてしまったので、虐待の理由にはならない。

 軍政から民主制に移行して間もなく発生した虐待騒動でマンマー政府の信用は地に落ちた。ノーベル平和賞を受賞したこともあるマンマー民主化のシンボルだったウンサンスーチーという人物も、ドヒンギャ虐待については明言を避け、積極的に防止しようとしていない。

 マンマー政府は虐待とは認めていないが、国際社会はこぞって虐待として批判し、国連では数回にわたって批難決議まで行われた。日本は、「マンマーのことはマンマー政府にまかせるべき」と内政不干渉を盾に決議を棄権している。その一方で経済協力を進め、軍事面でも自衛隊と交流を持たせている。現政権の方針に肩入れしているのは明らかだ。この日本の態度もまた国際社会の批判の的となっている。

 ドヒンギャ虐待を主導している者 = 犯人とその目的を突き止めるのが今回の依頼だ。

つづく

《一田 和樹》

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