民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第8回「世界民主主義人口 4.5 %」 | ScanNetSecurity
2025.04.18(金)

民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第8回「世界民主主義人口 4.5 %」

 「さきほどの二つ目の答えをうかがっていません。なぜ、ご立派な結果が出ているのに、ここにいらしたんでしょう?」

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民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿

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「現在、完全な民主主主義に該当する国は 20 国で世界人口の 4.5 %、グローバル GDP 比率は 20 %そこそこです。瑕疵のある民主主義や独裁国家の方が圧倒的多数を占めています。民主主義的な価値観での批判をいくら受けても、国際社会から孤立するわけでなくなりました。相手をしてくれるエセ民主主義の国はたくさんありますから怖くありません。北朝鮮やロシアへの経済制裁があまり効果を発揮していないのはそのせいです。この変化は 2010 年代に入って加速しました。悪化の一途です」

 佐藤はさらっと説明したが、箱崎は愕然とした。民主主義が世界の少数派だったとは知らなかった。そのせいで経済制裁が効かないというのも初耳だ。では独裁主義国家に対する経済制裁は単なる「こんなにがんばってますよ」というアピールでしかないのか。

「アフリカの数カ国が国連決議に反して北朝鮮と交易していたことがばれて問題になりましたね」

 如月がさらっとつぶやく。箱崎はぎょっとして如月を横目で見る。さっき調べたわけではないだろう。北朝鮮は今出たばかりの話だ。それなりに如月のことはわかっているつもりだったが、やはりこの女は底が知れない。なぜアフリカと北朝鮮の貿易のことまで知っているんだろう。

「よくご存じですね。北朝鮮は先々代からアフリカとつきあいがありましたから今でも太いパイプを持っているようです」

 これには佐藤も少し驚いたようだ。如月の顔をじっと見ている。

「仮想通貨をハッキングで強奪、モンゴルや各国に労働者を派遣、いろいろな方法で北朝鮮は資金を集めていますね。失礼しました。本題からそれてしまいましたね。ようするに……」

 如月はそこで一度言葉を切って、自分を見ている佐藤の目を見つめ返した。

「国際社会が怖くないなら国内の評判さえ落ちればウンサンスーチーも怖くないということですか」

 箱崎が如月の話に割り込んだ。

「そうです」

 佐藤は自信満々だ。無理もない。これだけのデータで検証しているのだ。

「さきほどの二つ目の答えをうかがっていません。なぜ、ご立派な結果が出ているのに、ここにいらしたんでしょう?」

「所長は僕の結論がお気に召さないみたいです。マンマー政府や軍が犯人ということになると、日本の立場が面倒になるからでしょう。すでに充分面倒だとは思いますけど」

「日本からの支援が虐待の加害者側を助けることになりますものね。さきほどのお話では国際社会の多数派はもはや民主主義ではないということでしたけど、日本はどういう立場なんでしょう?」

「日本は建前上、民主主義を通さないといけないことになっています。アメリカやヨーロッパとの関係が悪化するのも困る」

「それで中国やロシアとも良好な関係を保ちたいというのは欲張りすぎだと思います。八方美人の無価値外交では信用を失うだけです。失礼しました。私の仕事には関係ありませんでした。軍部という結論が好ましくないことはわかりました。私たちにできるのは全ての情報を再確認、再調査の上、検証してみることだけです。その結果、同じ結論になる可能性もあります。それでよろしいのですね?」

 如月が念を押す。

「御社でも同じ結論が出たら所長も諦めるでしょう。よろしくお願いします」

 佐藤は自信満々に頭を下げた。同じ結論になると確信している。

「資料はこちらで全部ですか?」

 如月はさきほど佐藤から受けとったUSBスティックを指さす。

「はい。ローカルに必要なデータは落としてあるので、それだけでモデルを確認できます。でも確認するつもりなら、モデルの中身に踏み込む必要があるので大変ですよ」

「仕事ですから大丈夫です。佐藤さんはもうお帰りいただいて結構です」

 如月はそう言うと、にっこり微笑む。佐藤は目を丸くした。箱崎も驚く。佐藤なしでやるということなのか?

「本気ですか? できるんですか?」

「ええ。私たちはこの世界の理(ことわり)を調査するのが仕事です。これくらいのモデルを理解できない道理はありません」

 「世界の理」とは初めて聞いた。うちはサイバー空間のなんでも屋だっただろ、と言いたいがクライアントの前なのでこらえた。

「三日後の同じ時間に、おいでください。それまでに結論を出しておきます」

「本当に僕なしでやるつもりですか?」

「いつもふたりでやっております」

「本気なんですね?」

「はい」

 如月の自信たっぷりな様子を見て、箱崎は呆然とした。如月が大丈夫というならそうなのだろうけど、全く見当がつかない。これまで受けた依頼の中でも屈指の難易度に見える。そもそもアウトプットイメージが浮かばない。

「では、失礼します」

 佐藤は鞄を手にして立ち上がった。それから荒垣と同じく、「お見送りは結構です」と言ってすたすた事務所を出て行った。

 頭を下げて佐藤を見送った後、すぐに箱崎は如月をにらんだ。

「ごめん。またひとりで決めちゃっいました。でもこの案件は私主導でいいんですよね?」

 如月は小首を傾げて笑う。

「あたしにはわからないからね。でも、ほんとに三日でできるの?」

「来週には次の仕事が始まるし、それまで少しやりたいこともあるし、三日くらいしかかけられないのです」

「作業見積もりしたんじゃないの?」

「こういう仕事って見積もりできないんですよね。モデルを解くカギが見つかれば一日で終わります」

「見つからなかったら?」

「終わりません。いつ見つかるかはわかりません。登場するアクターは限定されているので、一日でカギは見つかると期待します」

 如月の返事に箱崎はため息をつく。

「あたしは脳を活性化する素材を買ってくるから、あんたは仕事を進めていてちょうだい」

「脳活性化! お願いしたいと思っていました。ありがとう」

 如月はそう言うとそそくさと自分の席に向かった。

つづく

《一田 和樹》
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