Scan Legacy 第二部 2006-2013 第3回「初代編集長とサイボウズへの売却」 | ScanNetSecurity
2024.04.26(金)

Scan Legacy 第二部 2006-2013 第3回「初代編集長とサイボウズへの売却」

ライブドアが強制捜査を受けて以降、経営陣逮捕、上場廃止とつづく中で、Scanを運営していたネットアンドセキュリティ総研社は5月にグループウェアの大手企業サイボウズ社に早々と売却されました。

特集 コラム
本連載は、昨年10月に創刊15周年を迎えたScanNetSecurityの創刊から現在までをふりかえり、当誌がこれまで築いた価値、遺産を再検証する連載企画です。1998年の創刊からライブドア事件までを描く第一部と、ライブドアに売却された後から現在までを描く第二部のふたつのパートに分かれ、第一部は創刊編集長 原 隆志 氏への取材に基づいて作家の一田和樹氏が、第二部は現在までの経緯を知る、現 ScanNetSecurity 発行人 高橋が執筆します。

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(本稿は可能な限り正確な記述に努めますが、記載事項にはときに、誤った記憶等により、正しくない場合があることをあらかじめおことわり申し上げます)

ライブドアが強制捜査を受けて以降、経営陣逮捕、上場廃止とつづく中で、Scanを運営していたネットアンドセキュリティ総研社は5月にグループウェアの大手企業サイボウズ社に早々と売却されました。

このM&Aを積極的に進めたのが、Scanを創刊した編集長兼社長の原隆志さんでした。原さんは、北野武監督の「BROTHER」という映画で、花岡という中小企業経営者を演じた、俳優の奥村公延さんを若く都会的にしたような飄々とした人物で、背はそれほど高くなく、痩せていて、肩幅も狭く、40歳代で禿げあがっており、四重苦なのですが、姿勢がよく顔が小さいので、初めて会ったときは品のあるおっさんだなと思いました。学者とか医師のような雰囲気でした。

名刺に肩書きを一切記載しない人で、その方が相手がスキを見せるので仕事を進めやすいのだそうです。立教だったか上智の学生の時にシステム開発会社を起業し、中央官公庁の会計プログラムをひ孫請けで作っていたとか。大学卒業後シンクタンクの日本能率協会に入社し、取締役として顧問先に派遣されて経営改善や新規事業立ち上げをいくつか行ったあと、株式会社バガボンドというベンチャー企業を私費で買収、社長に就任し、バガボンド社を基盤としてインターネット黎明期のコンテンツプロバイダとして独自の存在感を出していました。

原さんは、おそろしく人間観察に優れた人物で、面接で3分程度話をしただけで、「さっきの人はご両親が公務員で、5歳以上歳の離れた姉がいますね」とズバリ当てて見せるのです。社員にせがまれ、4~5人試していましたが、履歴書に書かれたデータや来歴を高い精度で的中させており、まるでシャーロック・ホームズかパトリック・ジェーンのようでした。

社長として求心力とリーダーシップを発揮するというよりは、社員一人一人に事業を持たせてその経営者になってもらい、そのミニ事業の社長である社員に対して原さんが経営コンサルとして的確な助言をする、というタイプの経営者でした。何か質問すると必要な助言を即座に与えてくれるが、最も重要なことは教えずに気づかせるというスタイルでもありました。

とても変わった人で、私がScanの担当になって入社した当日に「高橋さん、Scanはうさんくさい媒体だから多少経験を積んだら他に転職した方がいいよ。CNETの大日さんは私の知り合いだから、いつでも紹介するよ」と開口一番言われました。後に結婚することを報告したときは「離婚時の賠償金額を決めて書面で残しておくといいよ」と即答されました。原さんは常にこの手の毒舌を吐いており、人からありがとうとか言われたりしようものなら「わたしは人に基本的に親切なんです。なぜなら親切にすると女性の場合はセックスさせてくれることがありますし、男性の場合はおいしい話を紹介してくれることがあるからです」と滑舌よく語るのでした。しかし、チビで痩せでハゲでも女性に驚くほど人気があり、原さんが後年 Venture Now 誌に執筆した回顧録によればプライベートではなんと愛人が4~5名いたそうです。このようにモテまくる人生を過ごしてきているにも関わらず、自分から女性に告白したことは生涯一度も無いそうで、ここまでくるともはやハンニバル・レクター博士の領域だと思います。

取材に同行していろんな企業を訪ねましたが、見知らぬ会社の会議室に通されると原さんが必ずやるのが盗聴器探しでした。豊洲にあるNTTデータ社の事業本部長のインタビューで立派な役員用会議室に通された際も変わらず「ここは必ず隠しマイクどこかにあるよ。わたしはこっちの方見るから、そっちをお願い」と嬉々として灰皿を裏返す姿は、変な人を通り越して、プーさんがハチミツを探している姿に似ており、北欧の童話に出てくる妖精のたぐいのようですらありました。こういうリスク意識がある人物だからこそ、セキュリティ専門誌を創刊したのでしょう。

ライブドア社への強制捜査でどのくらい影響があったかというと、短期的には実はそれほどでもありませんでした。捜査の翌朝、朝一でNRIセキュアテクノロジーズさんから電話があって即時取引打ち切りを告げられたのですが、これは証券に関する犯罪が問題になっているのだからごくごくあたりまえの話で、ただただお詫び以外ありません。しかし、それ以外には、実はほとんどスポンサーさんが去ることはなく、関係各社様へ事情説明やお詫びの挨拶などにも行きましたが「大変だと思うけどScanは関係ないんだから頑張ってね」と励まされることも多くありました。このときに支えていただいた当時のスポンサーの担当者の方とは、いまでもたまにお会いすることがあります。

降って湧いた苦境に社員が苦悩していたかというと、逮捕された経営幹部や、沖縄でなぜか致命傷が5カ所ある自殺体として発見された野口英昭エイチ・エス証券副社長などの当事者をのぞき、ライブドアの社員はどことなく現実味のない宙ぶらりんの状態にいたと思います。社員本人よりは、社員の老母が心労で心臓発作で倒れたとか、そういうことの方が多かったと思います。これは、私が子会社に属していたので、傍観者的な視点があるからかもしれません。

心理的には落ち着いてはいましたが、新規案件の受注は完全にゼロの状態が2月、3月とつづいて、さすがにこれはまずいな、CNETの転職をホントに紹介してもらおうかと思っていた頃に、会社を別の企業グループにM&Aで売却するという話が、社員を集めて原さんから通達されました。最終的に決まったのがグループウェアの大手企業サイボウズ社でした。なんでも8社くらいから打診があったそうです。その8社がどこなのかは、ラック社以外は教えてもらえませんでしたが。

M&Aの最終段階で、津幡靖久さんという、今回のM&Aを進めたサイボウズの副社長と全員の顔合わせがありました。津幡さんは、石井隆監督の「GONIN」という映画で、大越というノンバンクの社長を演じた、俳優の永島敏行を鋭利にしたような人物で、サイボウズオフィスというグループウェアをメディアとして機能させるコンテンツが欲しいといった話をされました。津幡さんは、高そうなスーツにノーネクタイで、白いワイシャツのボタンをまだ3月だというのに3つか4つ外して日焼けした分厚い胸板をチラ見せしつつ、BREITLINGの腕時計で決めていました。

ネットアンドセキュリティ総研社の社員全員の雇用を、売却先でも正社員として保障した状態で、企業イメージがすこぶるいい大手企業にわずか数か月で見事に売却した原さんですが、その後、北海道に引っ越して奥様と念願の引退生活に入り、新社長には津幡さんが就任しました。
《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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