Scan Legacy 第二部 2006-2013 第8回「上野編集長就任」 | ScanNetSecurity
2024.04.27(土)

Scan Legacy 第二部 2006-2013 第8回「上野編集長就任」

上野さんに編集長就任をお願いすることにした理由は、風貌がピエール瀧に似ていたこと、ビジネスの軸がしっかりしていたことの2点です。「法律を守る闇金」こと投資ファンドに会社が乗っ取られた現状では、彼がピッタリだと私は考えたのです。

特集 コラム
本連載は、昨年10月に創刊15周年を迎えたScanNetSecurityの創刊から現在までをふりかえり、当誌がこれまで築いた価値、遺産を再検証する連載企画です。1998年の創刊からライブドア事件までを描く第一部と、ライブドアから売却された後から現在までを描く第二部のふたつのパートに分かれ、第一部は創刊編集長 原 隆志 氏への取材に基づいて作家の一田和樹氏が、第二部は現在までの経緯を知る、現 ScanNetSecurity 発行人 高橋が執筆します。

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(本稿は可能な限り正確な記述に努めますが、記載事項にはときに、誤った記憶等により、正しくない場合があることをあらかじめおことわり申し上げます)


「ヘイ。なんかいいニュースあった?」という言葉とともに、私が座っている椅子の背もたれに膝蹴りをくらわす、というのが、投資ファンドから派遣された新しい取締役ニックさんの私への毎日の朝の挨拶でした。

よく映画やドラマでニューヨーク市警とかの警官が「いいニュースと悪いニュースがある」とやっていますが、警官と違ってニューヨークの弁護士は、いいニュース以外聞く耳を持たないようです。

ニックさんは「近藤直樹」というれっきとした日本人なのですが、アメリカの大学を出てニューヨークで長く企業弁護士をしていたため「Nick」と名乗っており、東映Vシネマで反社会的勢力と対峙するフリーコンサルタント役を演じることが多かった俳優の哀川翔さんに風貌が似ていました。ファンドから取締役としてバリオセキュアとNSRIに派遣される直前は「ステラおばさんのクッキー」運営会社の社長として出店やマーケティング計画を指揮し急成長させ、森永製菓に売却したという大変な功績を持つ人物でした。

「3ヶ月以内に単月黒字を出すこと」これがファンドから来た経営陣が2009年末に出した最終的な結論で、もちろんこの目標の決定過程に役員である私はまったく関与していませんでした。

ここ数年はほぼ収支トントンで運営していたScanNetSecurityですが、譲渡価額6,400万円ののれん代償却が毎月188万8,888円発生しており、お金は外に出て行きはしないものの、帳簿上は毎月200万円弱の赤字になっていました。

要はあと3ヶ月でこの200万円を消せばいいということなのですが、200万円とはいっても、NSRIは当時私と、名門大学の大学院卒で、歴史学で博士号だったかを持っていた編集デスク1名の実質2名体制で、編集デスクは仕事の緻密さはともかく、営業に出て新規案件を受注するような戦力としては期待できるはずもなく、ここから売上をさらに200万円積むのは簡単ではありません。

とはいえ、これに失敗すれば、私は解任、媒体は実質上解散されることも明白で、3ヶ月以内に単黒にならない場合はNPOにして事業会社であることをやめる、ということも暫定的に決められていました。労働契約に守られた社員ではなく、取締役という肩書だった私は、親会社の他の取締役同様あっさり解任・更迭されることでしょう。

しかしこの期に及んでも私は、どこか当事者意識が欠けており、それほど緊迫感を感じてはいませんでした。創刊編集長の原さんからは折にふれて「高橋さん、そろそろScanみたいないかがわしい媒体の担当なんてやめて、ちゃんとした営業とかマーケの仕事に転職しなよ。登録するならリクナビがいいらしいよ」としつこく言われており、Scanが休刊しようがどうしようが、原さんが心を痛めることはないようでした。とはいえScanを支援していただいているスポンサー企業の方々には合わせる顔がなくなるのは必然で、どうせ媒体が無くなるのであるなら、後悔のないようにできることは全部やってみようという、さっぱりした気持ちでした。

3ヶ月以内の単月黒字実現のために私がすぐに実施した施策は下記の3つです。

ひとつはニックさんと共同で実施した費用の見直しとコスト削減です。もっとも大きかったのは、脆弱性の日刊媒体「Scan Daily Express」の休刊でした。2001年に創刊し、月金の毎日さまざまなOSやプラットフォーム、アプリケーションの脆弱性情報をレポートしていた媒体でしたが、月次60万円超の固定費が発生しており、会員数も長く頭打ちで運営としては創刊以来赤字でした。また、創刊当時と比較して、攻撃ターゲットがプラットフォームからWebアプリケーションにシフトしはじめており、媒体として一定の役割を終了したと考え、10年近く続いた媒体ではありましたが休刊としました。

もうひとつが、運営工数削減のための、CMSの乗り換えでした。当時ScanNetSecurityはXOOPSをカスタマイズしたシステムを利用していましたが、一件の記事登録に数分かかるなど、効率上の問題がありました。NSRI設立直後は2,000万円の予算でCMS入れ替えなどのシステム面の刷新を行う予定でしたが、TOBで乗っ取られた現在となってはそんな予算望むべくもありません。結果的に、10万円弱でスタイルシートのカスタマイズを行って毎月800円のlivedoorブログを新しいCMSとして使用することにしました。2,000万円の予算が10万円ちょいになってしまったとはいえ、もともとScanNetSecurityはPVで勝負するWeb媒体ではありません。わたしは充分すぎるシステムだと考えていました。

三つめが、これまで実質的に営業部長兼編集長として機能していた私が媒体発行人になり、新たに編集長を社外にアサインしました。誌面の専門性向上と、編集業務からわたしがほぼ完全に引いて営業に専念することが目的でした。上野宣編集長の誕生です。もともと上野さんはサイボウズ・メディアアンドテクノロジー社時代のギャングスター社長の土屋さんの紹介でお会いしたのですが、特別に親しかった訳でもない上野さんに編集長就任をお願いすることにした理由は、風貌がピエール瀧に似ていたこと、そしてビジネスの軸がしっかりしていた(お金に厳しい、というか金に汚い)ことの2点です。

たしか2007年だったかのPacsecの取材レポートを上野さんにお願いした際に、10万円近いPacsecの入場料を無料にするかわりに原稿料も無料で、というやりとりをしてお願いしたにも関わらず、原稿掲載後、5万円の額面の請求書が上野さんから私宛に届きました。私はさっそく上野さんに電話し、

「上野さん、Pacsecの原稿料って事前に無料って話してませんでしたっけ?」

上野さん「ええ。しましたね w」

電話の向こうからはいつものようにニヤニヤした感じの上野さんの声がします。

「なんかさっき上野さんから請求書届いたんですけど、これ何なんですか? しかも2,000文字の写真一枚も無い原稿一本5万円って無茶苦茶高いじゃないですか。誰が決めたんですか?」

上野さん「いやー。わかってたんですけどね。とりあえず送っちゃおうかと w」

「わかってるんなら勝手に送らないで下さいよ!」

上野さん「ハッハッハッハ…」

この出来事をきっかけに、私は上野さんの人柄に魅了されました。必ず原稿〆切の1日か2日前に入稿するプロ意識の一方で、上野さんはこういう図々しさも持ち合わせており、「法律を守る闇金」こと投資ファンドの皆様に会社が乗っ取られた現状では、このくらいの胆がすわった、大人な人物がピッタリだと私は考えたのです。

もし単月黒字化に失敗して、ScanNetSecurityが解体されるとしても、媒体の新しい引受先を探すくらいのことは、上野さんなら軽いものだろう、という判断もありました。

大幅なコスト削減、システム効率化、新編集長就任、矢継ぎ早にこれらの施策を進めた私は、後は一件でも多く営業訪問を積み重ねて売上を作るだけでした。2009年末、私は、すでに会社が年末年始休暇に入った12月29日に東銀座の営業先を訪問して、翌30日に発注書を受け取り、大晦日にその広告配信準備を行う、といった不眠不休のセールスを続けました。

(ScanNetSecurity 発行人 高橋潤哉)
《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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