如月姉妹社では箱崎と如月がホワイトボードを前にブレインストーミングを行っていた。箱崎のパソコンがホワイトボードと連動していて、入力したものが表示される。
「容疑者と動機を整理してみましょ」
如月の言葉に箱崎が「容疑者」、「動機」と入力し、ホワイトボードに表示する。
「容疑者は、マンマー国軍、ウンサンスーチー、仏教徒指導者アジムヴィラノ、国連、ロシア、中国、イラン、アメリカ、その他ってとこ?」
箱崎は早口でそう言うと、すぐに入力する。
「国連って可能性ある? あるとしても国連という組織ではなくて、特定の国が意図的に国連を利用しているだけだから除外しましょ」
そう言って如月が国連に赤の横棒を引く。
「マンマー国軍は佐藤氏が言ったとおりで問題なし。ウンサンスーチーに動機はあるかな? なさそうだけど」
如月がマンマー国軍を指さす。
「軍部の力を削ぐために仕掛けたけど、逆に自分の影響力が落ちた可能性もあるよね?」
「なるほど、でも頭は悪くないからマイナスになる可能性を考えないはずはないと思う。いや、これがまだ第一段階で、第二段階、第三段階があってそこで逆転劇を仕掛ける可能性も考えられるかな。どうやるのかわからないけど。あと、どうやって仕掛けたかって問題もある。ウンサンスーチーは軍部に影響力ないし、彼らがドヒンギャを虐待するように仕向ける方法が必要でしょ」
「とりあえず書いておく。ウンサンスーチーも可能性あり。課題は、動機と軍部を動かした仕組み。ああ、そうだ。国民や仏教徒を煽って騒動を起こして、軍を関与させるように仕向けるのはできそうじゃない? 何度も繰り返せば軍もドヒンギャを虐待すれば民衆が喜ぶと思うようになる」
言いながらブレインストーミングとはいえ、ひどいことを言ってると思う。仮にも一国を代表する政治家でノーベル平和賞受賞者だ。
「ウンサンスーチーがネット世論操作部隊を持っているか、外注していればあり得る話ね。SNS のアクティビティに証拠が残っているか、後で確認しましょう」
「じゃあ、次ね。佐藤さんは仏教徒についてはあまり触れていなかったけど、動機は影響力を拡大することが動機でやりかねない。佐藤さんが容疑者として仏教徒を捨てたのはシミュレーション結果のせいだよね?」
「そうね。現在の状態に至るには仏教徒の影響力は軍部に比べると低め。つまり仏教徒から仕掛けて現在の状態を作り出すことはできない」
「モデル上はね。アジムヴィラノっていう仏教徒の指導者は軍部に顔が利いたりしないの?」
「可能性はある。シミュレーションモデルにも人的関係は組み込まれていたから、その可能性を考慮しても主犯とするには難しいということでしょう」
「これでだいたい容疑者の動機と犯行可能性をざっと確認できたね。容疑者全員に動機があり、犯行可能性もある。あとはそれぞれの確率と情報を確認して埋めてゆこう」
箱崎はわくわくしてきた。こうやってふたりで話しながら可能性を確認してゆくのは楽しい。見ていた世界ががらっと姿を変えることも多い。今回もそうなりそうな気がしてきた。
如月とは前職の仕事で知り合った。ある開発案件で如月は開発チームの一員、箱崎は外部からテストを手伝うために呼ばれた。寄せ集めのチームでケンカばかりしていた。挙げ句の果てにリリース直前にクライアントが大幅な仕様変更を通知してきて、如月と箱崎は会社を辞めた。
似たようなことは何度もあったけど、辞める気にはならなかった。でもなぜかあの時は、もう辞めた方がいいと感じた。数カ月して新宿でばったり如月に出くわし、彼女も辞めたことを知った。立ち話しているうちに如月の家に招かれ、翌朝まで語り明かして一緒に会社を作ることにした。
人間は感情の動物だ。自分の「楽しい」「うれしい」という気持ちに素直でいたいと箱崎はいつも考えている。如月といると「楽しい」「うれしい」を感じる。