牧田誠が語る イエラエセキュリティがGMOインターネットのグループ会社になった理由 | ScanNetSecurity
2024.03.19(火)

牧田誠が語る イエラエセキュリティがGMOインターネットのグループ会社になった理由

それにしてもなぜ GMO なのか? 誰もが思ったに違いないこの質問を牧田さんに聞いてみました。イエラエなら Google くらいの格の企業に買収されてようやくバランスがとれるといっても決して大げさではないはずです。

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 GMOインターネット株式会社による株式会社イエラエセキュリティのグループ会社化の一報にふれたとき既視感を感じたのは、当事者として何度か同様の経験をしたことがあったからだと思います。

 2009 年から 2011 年まで本誌 ScanNetSecurity を運営していた株式会社ネットセキュリティ総合研究所は、バリオセキュア・ネットワークス株式会社という企業の子会社だったのですが、このバリオセキュア社が投資ファンドから TOB の申し出を受けて、第三者委員会設置による検討後、それを受け容れるという出来事が 2009 年 7 月にありました。

 ネットセキュリティ総研とバリオセキュアの社長を兼務していた坂巻千弘さんは、TOB 受諾を社員が(ネットニュース等外部からの情報として)知った時点ですでにオフィスから姿を消していました。その後社長の坂巻さんから社員に向けて直接行われたコミュニケーションは、TOB 受諾発表から数時間後の 7 月 30 日午後 7 時 2 分に全社員宛に送られたメール一通、これ一度きり、以降坂巻さんはオフィスにいっさい顔を見せなくなりました。

 その一通のメールを全社員は、食い入るように読みはじめたのですがすぐに拭えない違和感を感じました。

 全社員宛に送られたメールは 1,959 文字に及ぶ長文で、正確に 36 文字改行されており、何度くり返し読んでも、誤字脱字や誤変換をひとつも見つけることができなかったことに編集者という職業柄異様な印象を抱き、同時に底知れない不安を感じたのを覚えています。

 メールには、投資ファンドから極めて高い能力と実績を持つプロの経営者がアサインされて指揮を執り、野心的かつ先見性のある積極的な投資が行われ、あなたたち社員の未来は光り輝く、などという景気のいい言葉が踊ってはいたのですが、言葉が綺麗なだけにディストピア感満点、正直なところ、ゾンビでギッシリ埋め尽くされたショッピングセンターからヘリコプターで悠々と逃げ出す司令官が、下々の兵隊に向けて送った最後のメッセージ、要は単なるおためごかしにしか感じられませんでした。

 後になって思うのは、株式公開企業であった以上、事前に社員に伝えることは法的にできず、もはや充分手を尽くした結果がこの事態( TOB 受諾)なのであるから、坂巻さんに代表取締役としての任期がたとえ数ヶ月残っていたとしても、選挙で落選したアメリカ合衆国大統領同様、何のリーダーシップも奮えないことは明白であり、社員に変な希望を抱かせないために、これが最も洗練され、かつ、たったひとつの冴えたやり方だったのかもしれないということです。

 マイナスのものはもちろん、たとえプラスのものであれ一切の感情を仕事に対して持ち込まない、しかし人と接するときはいつも最高に上機嫌でユーモアにあふれる、そして公正であることに全力を尽くす。それが坂巻さんの仕事上の美学でした。いま思えば 1,959 文字の誤字脱字誤変換がビタイチ無い情報量が少ない異様なメールも、きっと一度か二度あるいはもっと、弁護士等の専門家の査読を経ていたことは間違いないでしょう。

 このように会社の資本政策、特に上場企業が関与する資本政策は、ステークホルダーが多く、それぞれ NDA でがんじがらめになっています。また、常にインサイダー取引等のリスクも存在しますから、自分自身の判断でものを言うことは許されない場合の方が多くなります。

 だからこそ、GMOインターネットとの資本提携について本誌に取材をして欲しいとイエラエセキュリティの代表取締役社長 牧田 誠さんから編集部へ連絡があったときは心の底から驚いたのでした。

 時は 1 月 24 日 月曜日 18 時、イエラエセキュリティと GMOインターネット双方から出されたリリース発表からわずか 2 時間後、記者はオンライン会議室の URL にログインしました。アクセスするまでは、広報や弁護士、あるいはその他の第三者が同席しているとばかり思っていたものの、接続してきたのは牧田さんただ一人、いつものイエラエのロゴがついたパーカー姿で、表情も居住まいも普段以上にリラックスしていました。「こんにちは。すみませんね。突然お呼び立てして。ああ、そうそう。先週、駅前に新しくおいしいスペイン料理の店ができたんですよ」まるでそんな世間話をするかのように、穏やかかつ静かな口調で、今回の資本提携の経緯と目的についてポツリポツリと話が始まりました。

 2021 年 11 月、株式会社イエラエセキュリティの親会社であったココン株式会社は、イエラエセキュリティ を含む 3 つのグループ企業を統合し、ココン社の社名をイエラエセキュリティに変更すると発表しました。新会社の社長にはイエラエセキュリティ代表の牧田さんが就任しました。

 そのときは何これ? と思いましたが、これはココン社総帥の倉富さんが牧田さんに役割を禅譲するものだったと、牧田さんは取材に対して語りました。なお「禅譲」という語ではなく牧田さんは「譲る」という言葉を使いました。

 以前 RSAセキュリティが Dell に買収されて、RSAセキュリティの社長だった山野 修さんが Dell 本体の社長に就任したという出来事があり、法的にはだいぶ違うとは思いますが、これと似たケースと記者は当時感じました。要は、実績 信頼 求心力ということです。

 1 月 24 日の発表では、GMOインターネット株式会社は 92 億円分の株式会社イエラエセキュリティの株式を既存株主から取得、グループ会社化したとあります。

 それにしてもなぜ GMO なのか? 誰もが思ったに違いないこの質問を牧田さんに聞いてみました。イエラエなら Google くらいの格の企業に買収されてようやくバランスがとれるといっても決して大げさではないはずです。もっともセキュリティという産業の性質上、そしてイエラエセキュリティの方針上、外資はありえないでしょうから、となると NFH のような大手か、あるいはいくつかある ITプラットフォーマー日本版ということになりそうなものですが、結果はそうではありませんでした。

 牧田さんは、今回 GMO と資本提携を行ったのは「日本全体を守る」という夢を最短で実現できるから、と話しました。その際に挙げたのが 3 つの数字で、それは日本のドメインの 9 割、レンタルサーバーの 6 割のシェアを GMOインターネットグループが保有しており、すべてのサービスを合わせると 1,400 万社の顧客基盤を持つ、でした。

 すでに着手している具体的な計画についても話をしてくれました。いずれ詳しく取材する機会もあるかもしれません。

 ここで極めて重要だと感じたことはその言い方で、9 割のドメインも、レンタルサーバーシェア 6 割も、1,400 万の顧客基盤も、決して「モノを売る相手」「顧客」「今後の事業の伸び代」であるというビジネス的なトーンが微塵もなかったことです。

 資本政策発表の直後のインタビューなのですから、それによってどれだけビジネスが伸びるかを語るのが社長の最も重要な役割のはずですが、そんな空気は全くなく、たとえて言うなら消防署長が、自分が守る管轄地域の、住宅やビルなどの火災が発生しうる施設の数を数えるようなもの言いであったと記しておきます。

 牧田 誠には日本中の住宅やビルに火災報知器を設置する野望があり、そこから逆算して、いまもっともセキュリティ対策が手薄で凄惨な状況になっている「中小企業」を主要な顧客基盤として持つ GMOインターネットグループと手を結んだ、そのように聞こえました。

 ここからは記者の推測ですが、NFH では顧客はお金持ちの大企業が中心で、一方 IT プラットフォーマーはエンドユーザーのほとんどはコンシュマーです。しかし、日本のインターネット普及に寄与した主要プレーヤーの GMO はそうではありません。

 CDI の NEC による買収など、これまでいろんな「縁組」がありましたが、今回のような組み合わせはなかったと思います。

 GMOインターネットグループには、ファンドに経営が荒らされるような気の毒なことはかつて起こっておらず、創業者兼総帥のリーダーシップは極めて強力です。ここにイエラエセキュリティのような尖りに尖ったセキュリティ技術者集団が組み合わされば、ひょっとしたら日本のセキュリティ業界史上なかった化学反応が生まれるかもしれません。

 また、GMO にとってこの資本提携は、たとえるなら、もの凄い攻撃力と防御力、そして膨大なマジックポイントと魔法の数々を併せ持つドラゴンが旅の仲間についてくれたかのようにうれしかったのではないかと想像します。イエラエは魔物なのかと怒られそうですが。

 セキュリティの仕事に携わる人は皆、なかでもセキュリティ会社の社長は皆さん「日本を守る」とおっしゃるのですが、牧田さんにとっての「日本を守る」は、単なる目標やスローガンを超えたものであり、一種自分自身との約束でもあり、同時に、具体的に「登坂可能な山」としてその目に映っていることが口調から感じられました。

 かなり昔ですが記者は、山岳部の学生と、ビル清掃のアルバイトの現場で仲良くなったことがあります(彼は後にヒマラヤ山中で消息を絶ちました)。登山をする人たちが最初の最初に集める情報は「その山は標高何メートルか」で、そこからすべてが始まります。牧田さんにとって 1,400 万の顧客基盤は、頂上に達するための通過地点という、極めて具体的数字なのでしょう。

 牧田さんが経営者として、エンジニアの楽園を作るという目標を持ち、それこそ金の延べ棒を何本も提示するような転職のオファーを受けても社員が辞めない、イエラエを離れないという、いわば不可能を可能にしたことは以前本誌が記事にした通りですが、今度は「中小企業を中心とした日本企業を守る」という不可能に挑もうとしていることは間違いありません。

 途中でも書いたようにステークホルダーが多く、牧田さんが語ったことをすべて書くことができないのは残念ですが、「イエラエセキュリティが日本にあってよかった」と思う人の人数が、これまでの比ではなく増える日が将来くるかもしれません。ひさしぶりに思い出したのですがセキュリティという産業は人や社会に希望や夢を生み出すことができます。それがこれから、今まで以上にハッキリと証明されることを期待します。

《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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