「噂の学園一の美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?」瓜生 聖 (ブックレビュー) | ScanNetSecurity
2024.07.27(土)

「噂の学園一の美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?」瓜生 聖 (ブックレビュー)

リーダビリティも高く、自然に読み進められる。構成もしっかりしている。リアリティのある謎と解決方法で、専門家もそうでない人も楽しめるはずだ。

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「噂の学園一の美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?」瓜生 聖 著
 本書は第1回カクヨムサイバーセキュリティ小説コンテスト大賞受賞作『目つきの悪い女が眼鏡をかけたら美少女だった件』を改稿し、『噂の学園一の美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?』として刊行したものである。

 目立たない男性生徒である鷹野祐(たかの たすく)は高校一年生。ある日、突然学園一のクールビューティー衣川マトに押し倒され、つきあうことになる。急な展開に戸惑ううちに、試験問題漏洩事件に巻き込まれ、コンピュータのことなどほとんどわからないながらも推理力を発揮、実は腕利きバウンティハンターだった衣川マトの助けを得て事件を解決する。

 少しずつ互いの理解を深めつつ、周囲で起きる事件を解決してゆくふたりだが、ひょんなことから別離の危機に見舞われる。そこに登場する彼女の昔の知り合い。そしてサイバー軍需企業の影。仮想通貨の話題も出てくる。

 といった具合で、ラブコメを楽しみつつ、最近のサイバーセキュリティ事情までわかるお得な盛り合わせとなっている。物語も謎もじゅうぶん楽しませてくれ。今後の我が国の課題も提示してくれる。

 リーダビリティも高く、自然に読み進められる。構成もしっかりしている。リアリティのある謎と解決方法で、専門家もそうでない人も楽しめるはずだ。全体的な完成度が高いのは、筆者の瓜生聖が以前から投稿サイトや新人賞に何年も投稿してきた人物で文章は書き慣れていたからだろう。加えて作者自身がサイバーセキュリティにかかわっているので、記述は正確でリアリティに富んでいる。このコンテストの趣旨から考えて、書き手として手慣れており、サイバーセキュリティの知見を持つ瓜生聖が大賞を射止めたのは、ある意味当然と言ってもよいだろう。

 読了してすぐに思ったのは、「やっぱり、これはなるよな」だった。高校生でそれなりに腕の立つ技術を持っていたら、こういう進路は近い将来当たり前になるのだろうと私は考えていて、今年1月刊行の拙著でもそうした将来を描いた。ある程度サイバーセキュリティの世界を知っている人にとって、見えている世界は同じだと納得した。

 小説としてのおもしろさだけでなく、技術のリアリティも担保されているのは本書の魅力のひとつだろう。コンテストの名称はサイバーセキュリティ小説だが、一般にはサイバーミステリと呼ばれることが多い。サイバーミステリの書き手はすでに何人もいるが、必ずしもリアリティに基づいたものを書いているわけではない。

 現在の書き手では福田和代、七瀬晶、柳井政和などがリアルに忠実だ(おそらく私=一田和樹も)。瓜生聖も今後その一角を担うことになるであろう。リアリティにこだわらない本の方がよく売れているのはいささか歯痒いが。

 技術用語が多いと感じたが、これはおそらくこのコンテストの特性を考えての戦略であろう。最終審査を行うメンバーは、有識者、スポンサー賞提供社(マイクロソフト、サイボウズ、日立システムズ)より代表者各1名、内閣サイバーセキュリティセンターより代表者1名、角川スニーカー文庫編集長となっており、ほとんどが本作りの素人でサイバーセキュリティのプロなのだ。

 となれば技術的な面を充実させた方が得策だし、サイバーセキュリティの技術を正確に描写できる人間は数少ないから強みになるのは間違いない。カクヨムのページを見る限りでは、サイバーセキュリティについて正確かつ詳細な記述があったのは本作のみだと思う。

 技術用語の多さはScanNetSecurityの読者にとって全く問題にならないだろう。

 サイバーミステリ好きの読者にはおすすめの一冊だが、欲を言わせてもらうと謎やトリックと物語がもっと融合していればよりダイナミックなおもしろさが出たと思う。他のミステリでもそうだが、交換可能な謎のものは少なくない。その謎あるいはトリックでなく別のものでも物語は成立するというものだ。

 サイバーに限らず多くのミステリでも物語と謎やトリックが交換可能なものは少なくないが、うまく融合している作品は全編がひとつの結末に向かって集約してゆくダイナミズムがあると思う。

 あと、ヒロインはもっとイっちゃっててもよいと思う。リアルのサイバー関係者はかなり危ない。サイコパスよばわりされるのは序の口で、リアルに殺人などの事件に巻き込まれた人もいる。中でもキム・ドットコムは抜きん出たおもしろさだ。お手すきの時にでも”キム・ドットコム”で検索してみると世界を股に掛けたおもしろエピソードがたくさん読める。実在する大人のキム・ドットコムでこうなのだから、フィクションの高校生はもっと危なくてもいいはず。

 なお、本作は刊行されたバージョンとカクヨムに投稿されたバージョンにいくつか違いがある。比較して楽しむのも一興である。実は著者から「読んでください」と応募時にメールをもらっていたのだが、結局読まずにいて、この原稿を書くために読んだ次第で、まことに申し訳ない限りである。

 たとえばヒロインの特徴はだいぶ変更されている。おそらくスペック的には刊行バージョンの方が一般受けしやすいのだと思うが、読んで魅力的に感じるのはカクヨムバージョンだ。おそらく作者の愛情の濃さの違いが出たのだろう。これは個人的な感想なのでもしかしたら、他の方は違うように感じるかもしれない。


評者 : 一田和樹 (いちだかずき) サイバーミステリ作家。評論家。近著に『原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー』『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02 ミリの冒険』など。 一田和樹公式サイト
《一田 和樹》

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