“我々はもはやサイバーセキュリティの仕事をしているのではない” | ScanNetSecurity
2026.02.18(水)

“我々はもはやサイバーセキュリティの仕事をしているのではない”

 2025 年夏、Black Hat USA 2025 の基調講演に、元 New York Times サイバーセキュリティ担当記者のニコール・パールロスが登壇した。はっきり言ってしまうと前日に行われたミッコ・ヒッポネンの基調講演と比べると見劣りするキーノートだったとここで正直に書いてしまうことにする。だからこそミッコの講演レポート記事は全文 9,570 文字にもおよぶ興奮を伴った文体ですぐに掲載したが、元 NYT 記者の方はこれだけ日が空いてしまった。

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元 The New York Times 記者 ニコール・ペアロート(Nicole Perlroth)

(編集部註:本稿全文は 4,681 文字あります)

 2025 年夏、米ラスベガスで開催された Black Hat USA 2025 の基調講演に、元 New York Times サイバーセキュリティ担当記者のニコール・ペアロート(Nicole Perlroth)が登壇した。

 はっきり言ってしまうと前日に行われたミッコ・ヒッポネンの基調講演と比べてしまうと、若干見劣りするキーノートだったと正直にここで書いてしまうことにする。だからこそ、ミッコの講演レポート記事は全文 9,570 文字にもおよぶ興奮を伴った文体ですぐに掲載したが、元 NYT 記者の方はこれだけ日が空いてしまった。世界初のアウトブレイクに青春時代に立ち会い、インドまで史上初のウイルス開発者に会いに行くミッコ・ヒッポネンと比べると、明らかに生々しさや切実感が薄く、あまり「グッとこなかった」というのが事実である。報道機関として「書けなかったことは言えない」という事情もおそらくある。

 決してつまらない講演ではなかったのだが、思うにニコール・ペアロートの「話し方がうますぎる」というのが本誌編集部がグッとこなかった理由のひとつような気がする。彼女は現在ベンチャーキャピタリストとしての仕事もしており、そういう世界の人たち特有の「話し上手」な感じが漂っていて、ScanNetSecurity はその手の「金の亡者」的な人々がどうにも好きになれないのだ。服装のセンスもいい( Black Hat USA 創始者のジェフ・モスはいつもややダサなファッションセンスを維持している)。

 ただし一個だけ、とある人物の発言をニコールが引用したシーンだけはとても心に残っていた。自分のコトバでなく引用という点に逆にモラルを感じもし、それどころか折にふれてそれ以降も何度か思い出した。だからそれだけは記事としてこうして残しておこう。しかし、かといって文脈からその言葉「だけ」を抜き出してそれのみを配信すると、種田山頭火的な自由律俳句になりかねず、事故とみなされて、また記者が株式会社イードの取締役の須田さんに呼び出されて小言を言われる可能性がある。

 「するってえと何か? おまえさん、たった一個の引用のために何千文字も記事を読ませるのか」と言われそうだが、そうなんですがどうか許していただきたい。なぜなら、たった一個も読者に届けたいことがないのにも関わらず配信される記事は生成 AI 時代山ほどあるのだから。

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● 10 年間サイバーセキュリティを追い続けた記者

 ニコールは Forbes 誌から New York Times に移籍し、2010年代のサイバーセキュリティ報道を牽引した人物である。本人によれば「Stuxnet の直後に入社し、SolarWinds の直後に退社した」という10年間、中国 APT による New York Times へのハッキングから SolarWinds に至るまで、歴史的なサイバーインシデントの最前線で取材を続けた。

 その取材成果は著書『This Is How They Tell Me the World Ends』にまとめられ、ゼロデイ脆弱性の闇市場を描いた同書は世界的なベストセラーとなった。現在はサイバーセキュリティ専門の投資ファンド Ballistic Ventures のベンチャーパートナーを務め、CISA の諮問委員会メンバーも歴任している。

 今回の基調講演「The New Frontline: Cyber on the Precipice(新たな最前線:崖っぷちのサイバー)」で、ニコールはサイバー攻撃が単なる IT の問題を超え、人命と社会基盤を脅かす存在へと変貌した現実を、自身の取材経験と個人的体験を交えながら語った。

● スパイ活動から人命への攻撃へ

 ニコールは、New York Times で過ごした10年間を「最初の10年(a decade of firsts)」と呼んだ。しかし、より本質的な変化はサイバー攻撃の「目的」にあった。かつての目的は、スパイ活動や知的財産の窃取だった。それが今や、物理世界の破壊工作へと拡大している。

 「パイプライン、医療システム、交通、航空、電力、そして最も大事なライフラインである水道すら攻撃の標的になっていることを、ことさら重く受けとめざるを得ない」とニコールは語った。攻撃者は今や、私たちの生命線を標的にしている。

● 病院への攻撃:看護師が語ったトラウマ

 ニコールは、最も心に残った取材の一つとして、バーモント大学医療センターへのランサムウェア攻撃を挙げた。

 「私はこの仕事で得られた最も重要な体験のひとつは人的被害を間近で見られたことです」とニコールは語った。看護師たちはこう訴えたという。

 「なぜニュースでもっと取り上げられないのですか? がん患者に化学療法を提供できない事態になっているのです。腫瘍が大きくなったことを伝えられないのです。手術を行うこともできない」

 ある看護師は、限られたリソース内でのギリギリの判断をしなければならないこのときのトリアージに関わる心の傷を比較できる唯一の過去の出来事は、ボストンマラソン爆弾テロ事件後の火傷病棟での勤務だと語ったという。サイバー攻撃が、テロ事件と同等の医療危機を引き起こし、そこに関わる人々にトラウマを残している現実がそこにあった。


《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》
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