一次通過経験ゼロ、知人にすら読んでもらえないレベルの素人がサイバーセキュリティ小説コンテスト大賞受賞に至った経緯とは | ScanNetSecurity
2024.03.19(火)

一次通過経験ゼロ、知人にすら読んでもらえないレベルの素人がサイバーセキュリティ小説コンテスト大賞受賞に至った経緯とは

コンテストによって審査基準は異なるものの、落ちた作品、受賞した作品がどういったものか、両方の面からお伝えできるのではないかと思います。

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 先日、JNSA 主催のサイバーセキュリティ小説コンテストにて拙作「目つきの悪い女が眼鏡をかけたら美少女だった件」が大賞を受賞いたしました。5 月 1 日に角川スニーカー文庫から、「噂の学園一美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか? 」として出版されました。

 今回、ScanNetSecurity様より寄稿の機会をいただきましたので、新参者ではありますが、拙作の執筆にあたってのことを少しご紹介いたします。サイバーセキュリティ小説コンテストは今回が第 1 回でしたが、ライトノベルコンテストにサイバーセキュリティ小説を応募して落ちた経験は複数回あります。むしろ、一次すら通った経験がありません。

 コンテストによって審査基準は異なるものの、落ちた作品、受賞した作品がどういったものか、両方の面からお伝えできるのではないかと思います。

● ライトノベル挑戦のきっかけ

 私は IT 系ニュースサイトのライターをやっておりますが、本業は Web コンサルティング会社でインフラ・セキュリティ部門の部長をしております。部長といっても人数の少ない部署ですので、現場作業が多い上に導入・構築と運用が分かれておらず、提案から要件定義・設計・構築・運用保守まで自分自身で行う案件も少なくありません。現在はサーバ台数 1~20 台規模を十社程度、主に大手企業様の企業情報サイトの運用をお任せいただいています。セキュリティについてはパートナー企業様のセキュリティ診断を販売しているほか、インフラ構築・運用保守の一環として運用設計や要件定義、運用保守のフェーズで関わらせていただくことが多いです。

 ユーザー企業様のセキュリティ意識は総じて高いのですが、対策に関する知識はまちまちです。それでも情報処理安全確保支援士という肩書きのおかげもあるのか、大抵のお客様はこちらの話に耳を傾けてくださいます。しかし、すでに別のインフラベンダが入っているところだとやたらと攻撃的に全否定してくるケースがあります。今までの設計や運用にダメ出しをされることを恐れているのかもしれません。セキュリティエンジニアの不足が話題になりますが、それ以前に非セキュリティエンジニアのセキュリティ知識を引き上げないと、という感覚があります。

 小説に関しては中学から大学にかけて行き当たりばったりに書いた程度で、一度だけ、大学時代にスペースオペラを書いて集英社の新人賞に応募した記憶があります。当時は原稿用紙に手書きで、確か、四百字詰め原稿で 100 枚ちょっとだったかと思います。中編くらいの分量でしょうか。当然のように一次落ちでした。

 きちんとライトノベルを書こう、と思ったきっかけは IT 系ニュースサイトの広告企画です。某セキュリティ会社の広告企画で漫画を掲載することになり、その原作を依頼されました。作画は有名イラストレータに担当していただくことになり、ネームは当時記者をされていた漫画家の山田胡瓜さん、原作だけが素人という、今考えればなんとも不自然な布陣でした。最終的に先方社長の OK が降りず企画は頓挫しました。

 せっかく作ったお話だったので、なにか別の形で出しましょうよ、と編集さんがグループ会社のライトノベル編集部に掛け合ってくれました。漫画の原作として作ったのでライトノベルがよいだろうという判断です。しかし、端的に言えば「お話にならない」という酷評でした。そのときに自身の未熟さを思い知り、きちんと勉強をして実績を作ろうと思いました。

 ライトノベル(ラノベ)は若年層向けのエンターテインメント性の高い小説の総称です。もともとは中学~高校生をターゲットとしていましたが、現在の読者は 20 ~ 30 代が多いようです。現代ドラマ、ラブコメ、ファンタジー、SFなどジャンルが多岐に渡るところは一般小説と変わりません。実際、一般小説との違いははっきりとはしておらず、「出版社がライトノベルと言ったらライトノベルだ」という説もあるくらいですが、個人的には「コミックと同じ面白さを味わえる小説」かな、と漠然と思っています。文字だけで表現される一般小説とは異なり、イラストの大きく入った表紙、数ページのカラー口絵、10 ページ程度の挿絵など、明確にキャラクタの外見デザインが確定しています。シリーズ化される作品が多いのもコミックに似た特徴で、キャラクタの魅力が重要な要素となります。

 ただ、一般的なコミックとは異なり、基本的にはライトノベルは書き下ろしなので、購入者は書店でゼロ知識でその本と出会います。そこでなんとかして目を留めてもらう、開いてもらう、数ページ立ち読みして「続きが読みたい」と思ってもらう――その結果、いわゆる「萌え絵」のイラスト、内容を盛り込んだ長文タイトル、会話文中心で改行が多く、読みやすい文面、地の文で補足しなくても話者が分かりやすい特徴ある語尾――そういったライトノベルの独自様式が多くあります。

 私自身は当時、ライトノベルがどういうものか、あまり分かっていませんでした。それでも、大きなくくりでは小説の一ジャンルですので、小説の勉強をすればよいだろうと考えていました。

 何冊か本を買って勉強しましたが、一番役に立ったのは「超簡単! 売れるストーリー&キャラクターの作り方」(沼田やすひろ・講談社)でした。「小説入門みたいな本は当たり前のことしか書いてなくて役に立たない」とおっしゃる作家の方もいらっしゃいますが、よく聞いてみると「小説の勉強はしてなかったけど、専門学校でシナリオは勉強した」とか、ストーリー作りの基礎ができている方が意外に多くいました。人それぞれスタートラインが違うのだから、他人の意見は参考にならないこともあります。

● 作家・一田和樹さん、カミツキレイニーさんとの出会い

 その頃、ハッカージャパンで漫画「オーブンレンジは振り向かない」の連載が始まりました。原作は一田和樹さんです。当時はまだ著作も出ておらず、お名前を聞いたこともありませんでした。その後「檻の中の少女」を皮切りに精力的に出版を重ね、今ではサイバーミステリの第一人者として有名であることは皆さまご存じのとおりです。

 その一田さん主催のオフ会で、ライトノベル作家のカミツキレイニーさんと知り合いました。ちょうど「こうして彼は屋上を燃やすことにした」(ガガガ文庫)でデビューされた頃です。サイバーミステリの一田さん、ライトノベルのカミツキレイニーさんと知り合えたことはその後の執筆活動に大きな影響を与えました。

 それまで私の周りには作家はいませんでした。なので、作家がどういった考えを持っているのか、どうやって執筆しているのか、どんな生活を送っているのか、まるで想像ができませんでした。多分、違う世界の人なんだろうな、接点がないだろうな、という感じです。

 ですが、実際にお会いした作家のお二人は大変気さくで、偉ぶったところもありませんでした。その後、お二人にご紹介いただいてお会いした他の作家の方々もそうです。気がつくと、作家に限らず、ずいぶんとクリエイターの知り合いが多くなっていました。皆さん、私に対して普通に接してくださって、ああ、作家の方も同じ世界の人なんだな、と感じました。でも、それと同時に、「どうして自分はそちら側の人間ではないんだろう」という思いも強くなっていきました。作家同士はお互いが作り手と読み手の両方の立場で話ができるのに、私は読み手としてしか関われません。

 もし、作家の方々がもっと私と線を引いていたらそう感じなかったかもしれません。ですが、お二人を始め、作家の皆さんが気さくに話しかけてくださることで、「同じ世界」にいながら、「同じ側」の話ができないことを非常に歯がゆく感じるようになっていきました。一田さん主催のオフ会に出るたびに、次お会いするときは「同じ側」で話がしたい、そういう思うようになったのでした。まだリアルなサイバーものは数が少ないので、それをライトノベルでやれば差別化も図れる ―― 逆に、今から参入するにはそれしかない、と考えました。

 しかし、何度かライトノベル新人賞にサイバーものを投稿してみたものの、一次通過もままなりません。カミツキレイニーさんにも読んでいただきましたが「この小説のウリはなんなの?」と訊かれて「すべて実現可能な技術で書いてるところですかね。技術者が読むとおお、と思いますよ、きっと」と答えたところ、「僕は技術者じゃないので全然面白さがわからないですね。もっと読者に『おもてなし』をしてください」とざっくり切り捨てられました。私が一番のウリだと思っていたものはウリでもなんでもなかったわけです。

 なので、今度は分かりやすいように技術の説明を入れました。するとカミツキレイニーさんからは「僕は瓜生さんの作ったお話が読みたいのであって、別に技術を学びたいわけじゃないです。嘘技術でも面白ければいいので、その技術が正確かどうかなんてどうでもいいです」と言われました。この頃はまだ、「技術が分かる人が読んでくれたらきっと面白いのに」という思いを捨てきれませんでした。

 小説投稿サイト「小説家になろう」のコンテストにも応募しましたが、こちらも一次通過すらなりませんでした。運営側からは褒め言葉ばかりの感想が来て「だったらどうして一次通過じゃないんだよ」とがっかりしました。きっと、ソシャゲの無課金ユーザ的ポジションなんでしょう。

 小説投稿サイトでは 1 話 2,000 ~ 4,000 文字程度で連載するのが一般的ですが、カミツキレイニーさんは「瓜生さんの作品はプロローグの途中でやめた」とかあっさり言います。「もっと先に面白いところがあるのに」と悔しい思いをしていました。ですが、その後にお会いしたときに「何度も挫折したけどなんとか9話まで読んだ」と言われて、ああ、面倒だから読まないのではなくて、とても耐えられないレベルの作品を無理して読んでくれていたんだ、と申し訳ない気持ちになりました。

 それからカミツキレイニーさんの言う「おもてなし」を意識するようになりました。「これって誰だっけ?」と、ページを戻して読み返さなければならなかったり、ページをめくる手が止まるのは「おもてなし」が足りないからなんだ、と深く反省しました。

● サイバーセキュリティ小説コンテストへの応募

 そんな折、IT 系ニュースサイト宛にサイバーセキュリティ小説コンテストのプレスリリースが届きました。今までは一般ライトノベルというジャンルで苦戦していたけれど、このコンテストなら少なくとも「サイバーセキュリティを題材にする」ということで敬遠されることはありません。あたりまえですが。

 正直、こんなニッチなコンテストに第 2 回があるとは思ってませんでしたので、これを逃したら二度とチャンスはない、と思いました。サイバーセキュリティをライトノベルにしたときにどうすれば受かる、は分かってませんでしたが、どうすれば落ちる、は分かっています。

 例えば「悪用厳禁! すべてリアル! セキュリティの専門家が書いた本格ハッカー小説!」って、ScanNetSecurity の読者やサイバーミステリ愛読者だったら読みたくなる惹句ですよね? でも、ライトノベルコンテストの想定読者が読みたくなるものではない。そこにコンテスト第 1 回の時点で気づく人はそんなに多くないだろう、と思っていました。

 カミツキレイニーさんに指摘された「おもてなし」というのは、「読者が気持ちよくページをめくりたくなるようにする」ということに他なりません。異論はあるでしょうが、ワナビ(作家志望者)である私が「おもてなし」をするのであれば、読者の利益を損ねてまでのこだわりを出すべきではない、と思いました。もちろん、自分が書きたいことを書いて、それでいて面白く、人気も高い天才はいます。ただ、自分がそうではないことは分かってしまったので、「どうすれば面白いと感じてもらえるか」を理詰めで考えるしかありません。

 その私なりの答えが「ライトノベルに寄せ、サイバーセキュリティのトリックは技巧ではなく、誰でも知っているようなものにする」ということでした。たとえば、怪しい USB メモリを挿したらマルウェアに感染する、パスワードが誕生日だったらすぐにばれる ―― どちらかというと IPA が注意喚起で出しているような、そんな一般的なことです。事象は一般読者でもわかりやすい、しかし、その裏側ではきちんと技術者としての裏付けをつけておくことでラノベ編集部による中間選考、サイバーセキュリティ専門家による最終選考、両方の対策になると考えました。USB メモリを挿したらマルウェアに感染した、この事象は一般読者にもわかります。でも、技術者が読めば BadUSB かな、と想像できるようにしておく、ということです。

 技術者の方々は全部を説明しなくても、むしろ説明が一切なくても「どうすれば可能か」を考えてくれます。逆に一般読者の方は技術の説明は求めていません。「拾った USB メモリを挿したらこんなことが起きるかもしれないのか」で OK なわけです。そうすると、技術を説明する目的はほとんど、登場人物の行動の動機を理解してもらうため、だけになります。そこから逸脱しないために「説明なしで書けないか」「説明しすぎてないか」ということを常に意識していました。放っておくといくらでも説明したくなってしまうタイプだという自覚はあるので。

 また、サイバーセキュリティ従事者「以外」が想定読者なので、そういう人たちを貶めるような描写は読者のヘイトを溜めます。例えば、「なにもしてないのに壊れた」というのはよく聞く話ですが、それを「なにもしていないのに壊れるはずがない、素人はすぐそういうことを言って責任逃れをしようとする」と責めるのではなく、「たしかになにかをしたけど、それが大事だとは思わなかった」という気持ちを理解する方に寄せるというようなことですね。

 これは企業の情報システム・情報セキュリティ部門でも重要なことだと思います。「セキュリティもろくに分からないヤツが」と、他部門のミスを責めるのではなく、そのミスを生んだ考え方や環境を理解した上で、それを解決する方法を考える ―― 内閣サイバーセキュリティセンターによるサイバーセキュリティ月間の 2019 年キャッチフレーズ「#サイバーセキュリティは全員参加!」にはそういったものも含まれるのではないかと思います。(つづく

「噂の学園一美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?」

※ 受賞作は以下より全文がお読みいただけます。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886271542
《瓜生聖(うりゅうせい)》

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