日本からわずか 200 キロの距離にある朝鮮半島日本海側の原発を、テロリストがサイバー攻撃し、放射性廃棄物を吊り下げたドローンを使って、韓国と日本政府双方に対し「リアンクール岩礁」に関する、ある要求を突きつける・・・。 2016 年秋に発表された、作家 一田和樹氏の小説「原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー」は、日本に現実に存在するサイバーリスクを、緊張感のあるエンターテインメントとして高いリアリティで描きました。 同書は若干の加筆を経て今年 2018 年 9 月に「原発サイバートラップ」として文庫化、刊行から 2 年経過した現在に、また新たなメッセージを送り出しています。 ScanNetSecurity は今回、軍事ジャーナリストとして活躍する黒井文太郎氏に、グローバルのインテリジェンス動向に詳しい専門家の視点から「原発サイバートラップ」の書評を依頼しました。●出された要求は「竹島の独立」 韓国の日本海沿岸にある原子力発電所で、前代未聞のテロが発生した。システムが乗っ取られたその原発で、危険な使用済み核燃料を保管する多数の特殊な容器が、遠隔操作のドローンによって運ばれ、犯人が用意した 100 基もの気球に吊り下げられたのだ。もしそれらがどこかに移動し、爆発すれば、付近一帯は放射性物質で高度に汚染される。空に浮かぶ「ダーティボム」と化したそれらの気球には、一定の高度以下に降りたり、通信が遮断されたりしたら爆発するようにプログラムされていた。 犯人は、そのテロをすべて遠隔操作で実行した。そして犯人から出された要求は、「竹島の独立」。姿を見せない犯人の正体は? そして、その荒唐無稽な要求に隠された犯人の本当の狙いは? 仮に犯人の遠隔操作で気球が移動し、爆発させられるとなれば、その被害が想定しうるのは、韓国と周辺国。もちろん日本もそのひとつだ。 それどころか、このまま韓国東海岸上空で爆発したとしても、偏西風の影響で日本も多大な被害を免れない。韓国国内でのテロ事件のため、日本政府にできることは限られるが、それでも他人事ではあり得ない。 日本政府が喧々囂々の議論を重ねているなか、3 人の男たちがそれぞれ静かに動き出した。かつて同じような原発サイバーテロのシナリオ研究を行ったことのなる元防衛大学校生、国際的なハッカー・ネットワークと繋がるサイバーセキュリティ専門家、サイバー犯罪に詳しいネットセキュリティ専門家の元警察庁キャリア・・・。●漠然とした信用 本書は、こうして突然はじまった姿なき謎のテロ犯と、各国政府や国際的 IT 企業を巻き込んだ静かだが熾烈なサイバー戦争の攻防戦を、迫真の筆致で活写している。ストーリーはフィクションだが、近い将来、こうしたサイバーテロは必ず起きるだろう。 今さら言うまでもないことだが、現在のデジタル社会の便利さは疑いない。ただし、すべてがデータ化され、ネットワークされたシステムに対する危うさは、実は誰しもが感じているはずだ。「便利なのは助かるけど、本当に信用できるのかな?」 多くの人は、ネットワークを管理する国家機関や大手企業が、盤石のセキュリティを構築しているだろうと、漠然と「信用することにしている」。しかし、心の片隅で一度は考えたことがないだろうか・・・・もしも犯罪者やテロリストや敵国にサイバー攻撃を受けたら、やばいんじゃないの? 本書は、こうした問いに、容赦なく不吉な答えを突きつける。その中で、とくに強調されているのが、「何もできない日本」の姿だ。