世界はこれまで国家(State)が中心的なアクターとなることで動いてきた。今でも多くのことは国家を単位に語られることが多い。しかし近年それ以外のアクター = 非国家アクター(Non State Actor)の重要性が増してきた。もっとも注目されている非国家アクターはいわゆる GAFAM などのビッグテックで、それ以外にも数多くの非国家アクターがいる。本連載ではこうした、まだ知られていない非国家アクターまたはよく知られている非国家アクターの知られていない面を取りあげてご紹介してゆきたい。
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「ハイブリッド戦」、「超限戦」といった全領域での戦いが当たり前になって久しい。中露の攻撃は確かに全領域横断の戦いになってきたような気がするものの、欧米や日本はいまだにそうはなっていない。各分野での対症療法ばかりであり、違うのはその対症療法の範囲が広がっただけだ。そのような縦割りの狭い視野からは見えてこない脅威が現実のものになりつつある。
疾病地政学に基づく、全領域攻撃である。今回の Non State Actor 図鑑は疾病地政学と、その戦いを主導する公衆衛生機関をご紹介する。
疾病地政学とは、相手国に疾病を蔓延させることで混乱と分断を広げることを目的とした実学である。その過程で相手国の国民の多くが疾病で死亡する効果もある。疾病を「兵器」としてとらえ、医療をその「防御」と位置づけ、疾病の蔓延と医療体制の毀損を狙った全領域作戦を実施する。
疾病地政学はコロナ禍で生まれ、パンデミックが日常化した世界で大きな脅威となる可能性が高い。公衆衛生機関はコロナ禍が生んだ新しい権力と言える。
● 21 世紀の最重要インフラ 医療機関
まず、最初にすでに疾病地政学的攻撃が起きていることを医療に注目してご紹介したい。「Political polarization and health」は、コロナ禍をケーススタディとして、医療行為や個人的な生活習慣に留まらない社会的要因が、健康状態に影響を与えることを検証している。