作家一田和樹氏が「ある意味、当然の受賞だったかもしれません」と言った理由とは | ScanNetSecurity
2019.11.15(金)

作家一田和樹氏が「ある意味、当然の受賞だったかもしれません」と言った理由とは

「どうすれば落ちる」が分かっても「どうすれば受かる」が分からない。プロットに行き詰まったとき、天啓を与えてくれたのは伝説のバウンティハンターの存在でした――。

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 「どうすれば落ちる」が分かっても「どうすれば受かる」が分からない。プロットに行き詰まったとき、天啓を与えてくれたのは伝説のバウンティハンターの存在でした――。

● プロット

 執筆時の「やっちゃいけないこと」は分かるにしても、まずは小説の骨子となるプロットを立てなければなりません。応募規定は 10 万字以上 16 万字以下であれば長編・短編連作等形式不問ということでしたので、中編 3 連作とすることにしました。10 万字は素人の私にとって結構な分量です。しかし、3 万 5 千字ならそれほど大変ではありません。

 ジャンルは「学園サイバーミステリ」にしようと考えていましたが、あまり長い話だとそれなりに重たい事件にしたり、容疑者や証拠をたくさん出さないと捜査がなかなか進まない、緩慢で冗長なものになりがちです。中編連作にすることで応募規定をクリアしながら、軽めのストーリーにしやすくなるのではないかと思いました。実際にはそれほど軽くはならなかったですし、そもそも「学園ラブコメディー」とカテゴライズされるとは思いもしませんでしたが。

 サイバーセキュリティ小説コンテストは主催者側のケアがものすごく厚く、説明会や施設見学会、常設の質問箱など、サイバーセキュリティや小説の疑問に応えてくれる仕組みが整っていました。私自身は説明会には参加できなかったのですが、詳細なレポートがいくつもカクヨムに上がっていたので、それを何度も熟読し、求められていることの把握に努めました。いわゆる要件定義です。

 一番苦労したのはホワイトハットをかっこよく描く、というところでした。映画や小説のハッカーはたいていブラックハットですが、サイバーセキュリティ小説コンテストでそれをかっこよく描いてはテーマから外れてしまいます。参考にしようと、ホワイトハットをかっこよく書いている作品を探してみましたが「悪をもって巨悪を制す」というものが多いな、という印象でした。

 フィクションの中になかなか適切なホワイトハットのモデルがいないのであれば、逆に現実で探せばいいじゃないか、ということで考えてみました。有名な人だと下村努氏あたりでしょうが、そういった方は有名になった事件と切り離してストーリーを考えることが難しくなります。そうするとセキュリティ技術者として著名な方……たくさんいらっしゃいますけど、その中でも組織に属さず、一匹狼のように活躍している方がおられます。しかも「日本人と思われる」というフレーズですぐに想起される、キャラの立った方です。

 そうです。キヌガワマサト氏です。

 ホワイトハットとしてこれ以上のモデルはないんじゃないか、と、そのアイディアに自分で感動しました。その後、他の人もみんなキヌガワマサト氏をモデルにするんじゃないか、と心配しましたが杞憂だったようです。ご本人には大賞受賞後に正式に許諾をいただきました。

 そのほか、コンテストには今ある技術、あるいはその延長線として違和感のない技術であること、という条件もありました。これに関しては基本的に現在の技術で、と考えていました。現実にできることであれば論理的に破綻はしないはずなので。作品中、ダークウェブや仮想通貨の話は架空のものが多いですが、まあこのあたりはフィクションで許される範囲じゃないかな、と思ってます。

 実際の執筆では一田さんに助言は求めませんでした。小説を書き始めた頃にいただいたアドバイスがとても基本的なところだったので、さすがにそこはクリアできるようになったと思っていたこと、そして、その先はあるレベルに達するまでは「とにかく書け」というような助言しかもらえないのではないかと思っていたからです。創作にあたって考えたことは、作品完成直後に同じカクヨムのエッセイとしてまとめています。

サイバーセキュリティ小説コンテスト応募作を書いてみて
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886807740

● 作品は完成したけれど……

 作品が完成したときは「絶対大賞獲れたわ」と思いましたが、次第に「やっぱりダメかも」と思うようになりました。読者人気はあまり評価にならないとはいえ、上位の方は順位も安定していて着々と PV を伸ばしています。その一方で自分の作品はほとんど PV も伸びません。やっぱり面白くなかったんじゃないか、と不安でした。

 選考方法は編集部によるものが 2 回、最終選考だけが主にサイバーセキュリティ専門家で構成される選考委員によるものです。実際がどうかはわかりませんが、最初の 2 回でライトノベルとしての評価、最後は「技術的におかしい」「趣旨に外れる」というようなものが落とされたりするんじゃないかな、と思っていたので、最終選考に残ればなんらかの賞はもらえるだろう、という自信はありました。でも最終選考に残ることが一番難しい、とも思ってました。

 1 回目の選考、中間発表で自分の作品が残っていたときには本当にうれしかったです。そして、人気だった作品が選考から漏れたのを見て、かなり意外でもありました。私が読んで「これは面白いなあ、大賞獲るかもなあ」と思っていた作品は 4 つほどあったんですが、そのうち 2 つが残っていたので、自分の感覚が合っているとも、間違っているとも判別しづらく、次で落ちるかも、とやっぱり不安は拭えませんでした。

 そして中間選考を突破した 27 作品を一つずつ読んでいたら、めちゃくちゃ面白い作品がありました。それが半藤一夜さんの「ハクスタジア」です。正直、これは負けた! と思いました。半藤さんには表彰式でお会いしましたが、サイバーセキュリティについては応募作を書くことになってから勉強したとのことで、才能のある人はいるんだなあ、と本当にびっくりしました。「ハクスタジア」も主人公は素人の男の子なので、想定読者に寄り添いやすい構成です。カクヨムで全文が読めるので、是非読んでみてください。

 2 回目の選考ですが、実はその発表直前に大賞内定の連絡がきました。なので、私としては一次選考の次がいきなり大賞決定、という突然のエンディングで、どう受け止めればいいのかよくわからず、しばらく、その内定メールを何度も読み返していました。拙作のタイトルを自分以外の人の文章の中に見ることがこんなに嬉しいことだとは思いませんでした。

 それから待つこと約1ヶ月。12 月の末に最終結果が発表されました。別名( noisy )で応募していたので、その発表を受けて初めて自分のアカウントでツイートしたところ、一田さんから「ある意味、当然の受賞だったかもしれません。」という返信をいただきました。

 現在カナダ在住の一田さんは、帰国するたびにオフ会を開催されます。場所は一田さんの作品に頻出する池袋のマダムシルク。オフ会には毎回、本格ミステリやサイバー小説を手がけている作家の方も多く参加されており、ある意味、マダムシルクはサイバーミステリ小説の聖地と言えるかもしれません。

 本記事の第 1 回でも書きましたが、私は最初からほぼ毎回参加していると思います。そこでサイバーミステリの一田さんとライトノベルのカミツキレイニーさんに出会い、同じ側で話ができるようになりたい、と切望した自分が、いつまでも一次落ちしているわけにもいきません。「当然の受賞」はちょっと過大評価すぎて面映ゆいですが、ほんとにお待たせしました、という気持ちになりました。オフ会は年に 1 ~ 2 回開催されているので、興味のある方は一田さん(@K_Ichida)にコンタクトしてみるといいかもしれません。(つづく)

「噂の学園一美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?」

※ 受賞作は以下より全文がお読みいただけます。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886271542
《瓜生聖(うりゅうせい)》

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