サイバーセキュリティ・アフリカ (5)虹の国 ~ モーリシャスとヨハネスブルグ | ScanNetSecurity
2024.03.19(火)

サイバーセキュリティ・アフリカ (5)虹の国 ~ モーリシャスとヨハネスブルグ

作家のマーク・トウェインは「神様は最初にモーリシャスを作ってから、モーリシャスをまねて天国を作った」という、観光ガイドブックに必ず書いてある言葉を残しています。

特集 コラム
 
“Heaven was copied after Mauritius.”(Mark Twain)

本稿は 2014 年 11 月下旬にモーリシャス共和国で開催された、アフリカの地域インターネットレジストリ AFRINIC 設立 10 周年記念の国際会議 AFRINIC-21 をレポートします。


●東京と同じ面積で人口が 10 分の 1 の島

今回、AFRINIC-21 が開催された「インド洋の貴婦人」モーリシャス共和国について、この連載の最後に言及しておきます。モーリシャスはオランダ、フランス、イギリスに統治された後 1968 年に独立、現在は選挙に基づく民主政治が行われています。国土面積は約 2,000 平方キロで東京都( 2,190 平方キロ)とほぼ同じです。人口 130 万人は世界一過密な都市東京のちょうど 10 分の 1 にあたります。外務省によれば2013年度の在留邦人数は38人です。

常夏の島をイメージするかもしれませんが、気温は年中摂氏 20 度 から 24 度 程度の、年間を通じて寒暖差が少ない、要は身体への負荷が少ない気候です。EU 圏富裕層のリゾートとなるゆえんでしょう。世界保健機関の調査によれば、モーリシャス共和国は世界で 2 番目に空気が澄んでいる土地とされています。すでに絶滅したにも関わらずさまざまな文学やフィクションに登場する伝説的鳥類ドードー鳥の生息地だったことでも知られています。

作家のマーク・トウェインは「神様は最初にモーリシャスを作ってから、モーリシャスをまねて天国を作った」という、観光ガイドブックに必ず書いてある言葉を残しています。

こんな楽園のようなモーリシャス共和国が、世界銀行の発表した「Ease of doing Business Ranking」で日本より高いポイントをマークしているのは先述したとおりですが、携帯電話の普及率はアフリカでは珍しくないものの 100 %を超えており、インターネットの普及率は 60 %です。また、国際電気通信連合(ITU)が公表している「Global Cybersecurity Index」では、アフリカ地域で最もインターネットのセキュリティが安全である、という評価を受けています。

Global Cybersecurity Index

●「セキュリティファースト」の IT 産業振興

筆者滞在期間中に開催された政府主催の IT イベント「Infotech」のオープニングレセプションの一発目のキーノートスピーチで、仏系キャリアであるオレンジ社のスピーカーによる、サイバーセキュリティに関する講演が行われ、官民一体となってモーリシャスに IT 産業の誘致と育成を行っていくこと、そして、投資対象の差別化要因として、セキュリティを最も重要なセールスポイントのひとつすることが謳われていました。

アフリカでは、電話回線のないところに携帯の基地局が出来たり、国別の CSIRT が出来る前に地域サートが成立して各国の CSIRT 設立を支援するのと同様、まだ世界 GDP ランキング 126 位の国だからこそ、IT 産業が普及してからセキュリティを後から手当するのではなく、その前にセキュリティを考えることができるのは確かに大きなアドバンテージになりうるだとうと思いました。ここでも順番を逆にすることができるのです。

●インド洋のシンガポールに

モーリシャスのナショナルサート CERT-MU の Dr.Kaleem Usmani 氏は Scan のインタビューに応じ、同国は今後シンガポールをモデルにして、アフリカの ICT のハブとなって、モーリシャス発の IT サービス、マリン IT(船舶や港湾関連産業の IT ソリューションのこと)、サイバーセキュリティサービスをグローバルに販売していくことを目標としており、そのための当面の課題として、ヒューマンリソース、特にマルウェア解析技術者の枯渇を挙げました。

一面サトウキビ畑のインド洋の楽園の観光地が、先端経済国家のシンガポールに? 多くの方はそう思うかもしれませんが、人類史上に残るような民族対立の悲劇を描いた映画「ホテル ルワンダ」で知られる国はその後、GDP が 10 年で 10 倍になる奇蹟的経済発展を遂げ、「アフリカのシンガポール」と呼ばれるようになっています。

そうしたモーリシャスの将来価値を見通してのことでしょう、AFRINIC-21 会場のホテルがある「Cyber Village」という名前がつけられた地域は、国際監査法人とコンサルティングファームのオフィスが、東京の丸の内エリアなみに密集していたのでした。目に入っただけでも「デロイト」「PwC」「KPMG」「Ernst Young」の 4 大ファームが、わずか 1 ブロックか 2 ブロックの中にひしめいていました。

政府職員が「自国をシンガポールのようにする」と、さらっと語り、国家のグローバル投資価値を上げるためにマルウェア解析技術者を探していると言う。筆者は正直、日頃、金がない時間がない理解がない人がいない…、そんなお話をお聞きすることが多い極東の先進国のセキュリティ事情を知る身としては、心底うらやましく感じました。

カンファレンス会場から宿泊したホテルを往復するシャトルバスの移動中、夕立のあとに虹が出ました。虹といえば、ネルソン・マンデラが標榜した「虹の国」が有名です。さまざまな民族が強調しあうことで虹のようなハーモニーを生みだすことを詩的に謳った概念ですが、Nii Narku Quaynor 先生が言っていた、差異のある国同士が情報共有をすることがアフリカ地域の利点にもなりうる、という考え方に近いと思いました。

●天国にも地獄にも

以上、天国と呼ばれる島で取材して、アフリカ全体について知ったようなことを書いてきました。本稿が単に国際会議のレポートとしてだけではなく、アフリカという地域と、そこでの IT とセキュリティについて、少しでも興味を持つきっかけとして読んでいただければと幸いです。

最後に、「天国」といえばその正反対の、Scan 編集人上野から教えてもらったヨハネスブルグの治安に関する情報ですが、日本に帰国して以降、本を読んだりいろいろ調べましたが、調べれば調べるほど、それを否定する情報は見つかりませんでした。南アフリカ共和国に長く滞在した著名な毎日新聞の記者の方が書いた新書でも、むしろそれを裏付けるような記述を目にしました。

現在、サイバー攻撃の発生元として、中国やロシアの動向を無視することができなくなっているように、近い将来アフリカがグローバルサイバー犯罪インフラになる可能性は高いでしょう。アフリカのサイバーインフラは、この世の楽園にも世界一危険にも、どちらにもなる可能性があるのです。

(高橋潤哉)

●参考文献
白戸圭一「日本人のためのアフリカ入門」ちくま新書
NHKスペシャル取材班「アフリカ 資本主義最後のフロンティア」新潮選書
池上彰「池上彰のアフリカビジネス入門」日経BP社
芝陽一郎「アフリカビジネス入門」東洋経済新報社
イサク・ディネセン「アフリカの日々」河出書房
佐々木倫子「動物のお医者さん」白泉社

●謝辞
滞在期間中 JPCERT/CC 主席研究員 山内 徹 氏にいただいた取材支援に心から感謝を申し上げます。
《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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