Scan Legacy 第二部 2006-2013 第1回「強制捜査」 | ScanNetSecurity[国内最大級のサイバーセキュリティ専門ポータルサイト]
2017.11.22(水)

Scan Legacy 第二部 2006-2013 第1回「強制捜査」

特集 コラム

本連載は、昨年10月に創刊15周年を迎えたScanNetSecurityの創刊から現在までをふりかえり、当誌がこれまで築いた価値、遺産を再検証する連載企画です。1998年の創刊からライブドア事件までを描く第一部と、ライブドアに売却された後から現在までを描く第二部のふたつのパートに分かれ、第一部は創刊編集長 原 隆志 氏への取材に基づいて作家の一田和樹氏が、第二部は現在までの経緯を知る、現 ScanNetSecurity 発行人 高橋が執筆します。

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(本稿は可能な限り正確な記述に努めますが、記載事項にはときに、誤った記憶等により、正しくない場合があることをあらかじめおことわり申し上げます)

東京地検特捜部によるライブドア本社への家宅捜索が行われた2006年1月16日 月曜日、私は朝10時少し前に、六本木ヒルズ森タワー38階のライブドア社のオフィスにいつもどおり出社しました。その日は快晴だった記憶がありますが Yahoo!天気予報でいま過去のデータをさかのぼって調べたら終日曇りだったようです。

オフィスはまだ人もまばらな時間帯でしたが、その朝は少し変わったことが起きていました。ポータルサイトのメディア統括事業部の、部長クラスの人物が、急にその日の朝に、退職届を出したというのです。ライブドアの子会社に所属し、社内にあまり知人がいなかった私の耳にも入ったくらいですから社内的にそれなりに大きいニュースだったと思われます。

突然早朝に辞表を提出した部長氏は、リクルートから引き抜かれた、いつも微笑みを浮かべたナイスガイ然とした人で、R25の立ち上げで重要な役割を果たした、などと噂で聞いていました。実はメディア業界には「俺がR25を立ち上げた」と自称するリクルート出身者は非常に非常にたくさんいたのですが、この人は本当なのではないかと思わせる雰囲気をお持ちの人でした。

しかしその朝は、いつものナイスガイぶりはどこへやら、切迫した表情で、顔色が悪く、額に脂汗すら浮かべているように見えました。事務処理をしている人事担当者の脇に、何かの書類を持ってそわそわ体を揺らしながら立っていたのを覚えています。

その頃のITベンチャーは、退職転職が日常的にあり、私は特に不審に思いませんでした。ましてやその頃のライブドアは、400名くらいの社員がいて、毎日3名くらい退職して新たに毎日5名くらいの野心に満ちた人たちが次々と入ってきていたような時期でしたからなおさらのことでした。

いま思えば、ナイスガイ部長は、一刻も早く会社から籍を書類上正式にはずし、ライブドア社オフィスの敷地外へ、一秒でも早く出たかったのでしょう。これから来るものがハッキリ見えていたとしか考えられません。

当時私は、ライブドア社の子会社であるネットアンドセキュリティ総研株式会社に在籍していました。同社が扱う情報セキュリティニュース媒体、メールマガジン「Scan」と、ウェブサイト「NetSecurity」の広告営業を一人で担当していました。前年度はScan事業単体で、年間4,000万円くらいの売上があり、それをわたし一人で回していましたから、朝から深夜まで、ときに食事を抜いて仕事をしても業務は少しも片付かない毎日でした。

1月16日は新年2週目でもあり、営業訪問の外出予定は一件もなかったので、その日の午後は社内で作業をしていました。私がIIJ社のWebテキストバナー広告と、IPAのイベントの五行広告の掲載手配を終えた頃、たしか14時とか15時頃だったと思いますが、ライブドア社の広報の乙部さんが、誰かと電話で話をはじめました。テレビではたびたび「社長秘書」「美人秘書」と誤った紹介をされていましたが、乙部さんは広報担当でした。ちなみに誤っていた、と私がいま書いたのは、もちろん「秘書」という部分のみに関してです。

「だから! すぐこんな馬鹿げた記事を取り下げて下さい!!」うろ覚えですが、趣旨的にはこんな内容が漏れ聞こえてきました。控えめに言っても絶叫または金切り声で話をしていたので、漏れ聞こえるというよりまる聞こえなのでした。「記事」というからには相手はおそらくメディアの記者か編集者なのでしょう。

通常の生活をしている人間なら、一生に一回か二回程度しか経験しないレベルのいちじるしい激しい口調ではありましたが、乙部さんに関してそれは特に珍しいことではありませんでした。当時ライブドアは堀江貴文社長がメディアで挑発的発言をくり返し、エスタブリッシュメント企業相手に株式市場でやり合いをするなど、およそどんな広報担当者でもお手上げなくらい、注目度も影響も大きかった時期でしたから、プロ意識が高い女史が、ファイターとしての役割を認識し、激昂した中国人みたいなエクストリームな調子で、携帯電話で会話をしているのは、極めて日常的な、誰も驚かない風景ですらあったのです。私の脳内では、常にレッド・ツェッペリンの「移民の歌」が乙部さんの背後にリング入場曲として流れていました。それもイントロのシャウト部分がエンドレスループで。

いつもと違ったのは、同時に社内がガヤガヤしはじめたことです。各自、PCのモニターを眺めながら、指さして隣の席と話をしたり、ザワザワし始めました。「NHKに?」「何これ?」「え、どこに?」

ライブドアに東京地検特捜部の強制捜査が入ったとNHKオンラインに記事が載っている、ということを直接誰から聞いたかは覚えていません。わたしの周囲でもっとも反応が早かったのは、Scan編集長にして、ネットアンドセキュリティ総研社長の原さんでした。「特捜部が来たら部屋から出れなくなるからいまのうちに外に出ておいた方がいいよ。わたしは下の喫茶店にいるからなんかあったら連絡して」ウキウキしているとすら取れるいつもの高揚感に満ちた調子でそう言い捨てると、原さんはノートPCを持ってピーターパンとかそういうたぐいの妖精のように階下に消えてしまいました。

日本で初めてコンピュータセキュリティメディアを立ち上げた男、原隆志さんは、何かトラブルや危機が発生するとアドレナリン(またはその他のよくわからない脳内麻薬)が出て、もともと早い頭の回転がさらに高速になり、イカすジョークを連発するようになるタイプの人物でしたが、同時に興奮してハイになりすぎるなど、少し大げさなところもあったので、私は原さんの行動を過剰反応と、誤って捉えていました。

そのときは、ほとんどのライブドア社員がぽかんとしており、現実感のない雰囲気でした。一番の理由は「強制捜査が午後○○時に入った」とNHKオンラインに過去形で記載されているものの、当のライブドアのオフィスのどこにも地検特捜部の人とおぼしき姿はなかったからです。誰もが何かの間違いだと思ったでしょう。よく考えれば、NHK に誤報が載るということは、しかも発生前に載るということはありえないのです。

当時私は、おそらく他の社員も、ライブドアにおいては、どのようなことでも起こりうる、というか、何が起こってもそれほど驚かないような心理状態にありました。球団の買収、ニッポン放送株の大量取得、堀江社長の国会議員立候補など、日々会社は興奮した狂騒状態にありました。エレベーターホールで私が秋元康氏(当時ライブドアの大株主だった)を何度か見かけたのもこの頃でした。

ですから私は、せいぜい「また何か、訳のわからないことが起こった」くらいで思考を止めて、ごく普通に仕事を続けました。喫茶店に避難していた原さんもクールダウンしたのか、いつのまにか席にいて、散歩から戻った小型犬のようにおとなしくしていました。

今日は夜11時前には帰りたいな、などとのんきなことを考えながら私が仕事をしていると、「社員は全員、パソコンに手を触れないで下さい。電話もしないでください。許可があるまで帰宅しないで下さい。トイレ以外、オフィスの外にも出ないで下さい」という通達がメーリングリストに流れました。私のまん前の席にすわっていた、コンピュータニュースの編集長であるサングラス+アロハシャツがトレードマークの庄司さんも直接わたしに教えてくれました。それが午後5時か6時頃だったかと思います。正式に東京地検特捜部によるライブドア本社への家宅捜索が開始した瞬間でした。

今朝退職したナイスガイ部長は、よほどいい情報源を持っていたのだと思いました。

格言:逃げ足早いと出世も早い

のんきな私は、夜11時どころか、自分の意思で帰宅すらできないはめになってしまいました。

「大変なことになった」と、ようやく私は現状認識をしたのですが、同時に「2月の売上目標って達成やばいんじゃないか」と、どこか冷静でもありました。逃げ足以前に危機感すらおぼつかなかったわけです。いま考えると、その後の Scan が次々と遭遇した危機を考えると、まだこれは手始めに過ぎなかったからでしょうか。

その後のわずか5年間で Scan は、計三度もまったく別の資本へ事業売却されたばかりか、5年間で計6回も代表取締役社長が交代するという自民党政権末期顔負けの事態を迎えるのですが、そんなこと私はおろか、先を一番見通していた原さんですら予想すらしていなかったことでしょう。

(ScanNetSecurity 発行人 高橋潤哉)
《高橋 潤哉》

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