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2017.11.22(水)

自著を語る「檻の中の少女」 一田和樹 -- 小説の裏設定(ブックレビュー)

調査・レポート・白書 ブックレビュー

orinonaka「檻の中の少女」一田 和樹 著 2011年4月22日 原書房刊

自殺支援サイト「ミトラス」に息子を殺されたという老夫婦が、主人公のもとへ調査の依頼にやってくる。腕利きのサイバーセキュリティコンサルタントである主人公 君島は、その死の真実を明らかにするため調査を開始する…

原書房から4月に刊行された拙著「檻の中の少女」は、いわゆるミステリ、探偵小説と称される類です。一定の条件を満たすと「本格ミステリ」と呼ばれるのですが、本書が本格ミステリであるかどうかについては「本格」の定義や思い入れなどが絡んでくるので、ここでは触れません。議論になると怖いので。

「ミトラス」は、自殺志願者とその幇助者をネットを介して結びつけ、志願者が希望通り自殺出来た際に手数料が支払われる、自殺専用ソーシャルネットワークサービス、いわば自殺の出会い系サイトです。

拙著に関して、Twitterやブログなど、ぽつぽつ出始めたレビューを拝読させていただくと、共通しているのは下記になります。

・読みやすい。専門知識がなくても気にならない
・エンタテイメント小説である
・和田(主人公がつきあっている女性)がいい
・犯人の狂いっぷりがいい

魅力的な女性の登場する読みやすいエンタテイメント小説という受け止め方をしてもらえているようで安心しました。一方で、薄幸の美少女に全くコメントがないのはいささか驚きでした。

本作には快刀乱麻を断つような名探偵は登場しません。影のある妖しい美女や密室や孤島ももちろん出てきません。あるのは、ただひたすら身近な現実と身近になるかもしれない設定だけです。そしてその現実の中心にあるのは、「ミトラス」という名の架空の自殺支援サービス。

本稿では、作中で触れなかった「ミトラス」の生い立ちについてご紹介します。言わば裏設定のようなものです。

作者の構想では、この「ミトラス」というサービスは個人間のメッセージングとそれに伴う送金、決済を行う目的で作られています。もともとは、自殺支援を目的としたものではなかったのです。

インターネットは時間と距離を大幅に短縮する魔法の道具です。これによって人間のコミュニケーションは加速し、素晴らしいオープンシステムを生み出し、リアルな社会運動を発展させ、新しい社会基盤になりました。しかしその一方で人間の悪意もまた加速度的に集約されるようになったと思います。

掲示板は貴重な情報の収集源になると同時に特定個人を貶め追いつめることもあります…

インターネットに新しく生まれたコミュニティは、個人の活動や創作の場を広げた反面、見知らぬ者がネットを通して知り合い、犯罪を行うこともごく普通に行われるようになりました…

ECやオークションは新しいビジネスチャンスを広げましたが、ネット詐欺という犯罪も生み出しています…

ネット中継はメディアの可能性を広げると同時に自分自身の自殺を生中継する者まで生み出しました…

ネット上の金融サービスはビジネス利便性を高め、生産性を向上させましたが、それと同時に犯罪利便性も高まり捕まりにくい裏の送金にも利用されるようになりました。手軽な個人間決済は、詐欺やマネーロンダリング、売春などの温床となりました…

このようにネット上の便利なサービスは悪意を集積し、人々に牙をむくようになりました。しょせんネットも人の道具である以上、悪意ある人がいる限り、常に悪が生まれてくるのでしょう。

「ミトラス」はそもそも裏の用途で使われることを想定して開発されたサービスだったため、匿名性や送金の容易さを向上させています。開発者は、あくまでも表向きは個人間のメッセージングと決済代行を主軸とした、SNS型サービスとし、自分自身が罪に問われることがないように知恵を絞りました。

しかし開発者は、すぐに自分の誤算に気がつきます。詐欺やマネーロンダリング、売春などに利用できるサイトは他にいくらでもあり、新しくできた「ミトラス」をあえて利用する者はほとんどいなかったのです。

しかし、多くの物事がちょっとしたきっかけで変化し加速するように「ミトラス」が自殺者御用達のサイトに変わったのも、ひとりの自殺者がきっかけでした。

ひとりの中年男性が「ミトラス」で知り合った美少女に多額の現金を送金し、その後自殺。この事件は大きなニュースにこそなりませんでしたが、またたく間にネットに広がり「自殺志願者とメッセージ交換するだけで金が儲かるらしい」と、人が集まるようになりました。彼らの中には、いわゆる情報商材に手を染めている者もおり、秘密の金儲けの場として「ミトラス」は広がっていったのです。

開発者もこのような展開になるとは思っていなかったでしょう。しかし自殺とネットは、とても親和性があります。過去に多くの自殺志願者の方々がネットに集い、情報交換や自殺の実行などをしています。一度火がついてしまえば、止めることは難しかったのです。開発者自身も、重く不安な気持ちをいだいたまま「ミトラス」は拡大を続けてゆき、そして最悪の事態を迎えることになります。

以上が、「ミトラス」が自殺支援サイトになった裏設定です。

さて、本作を書くに当たり留意したことは、いくつかあります。専門家以外の方にもわかりやすく、楽しんでいただけるように技術的な描写を最小限に抑え、知恵比べ、だまし合いを中心にしたことなど、ひとつひとつ数え上げればきりがありません。

ここでは、読んだ方のほとんどがお気づきにならないであろう留意点をひとつご紹介して「自著を語る」の最後にしたいと思います。

「既視感のある題材をどのようにして盛り込むか」

これがもっとも留意したことのひとつでした。私はたくさんの人に読んでいただき、楽しんでいただける作品を作りたいと思っています。そのためには、どうしてもある程度既視感のある部分が必要です。全く新しい文体で全く新しい題材を描いた作品は多くの場合、わずかな人しか楽しむことができません。たとえ作品としての評価が高くとも、読む人が少ないのでは私の意図と反します。

もちろん世の中には天才と呼ばれる人がおります。そうした方々なら既視感のない全く新しい小説を作りだすことも可能かもしれません。残念ながら私は、おそらくそういう類の人間ではありません。

ちなみに、私の作品で既視感をあまり盛り込んでいないものには下記のようなものがあります(謎解きのあるミステリではありません)。リンク先で無償公開中。

ローラー息子
http://p.booklog.jp/book/15248/page/172605
スリッパドラゴンプラス
http://p.booklog.jp/book/2343/chapter/3781

刺さる人には非常に好評なのですが、ほとんどの人には「ひたすらいやーな気分になるだけの文章」です。

ほどよい既視感のブレンドを目指して、自殺とネットを組み合わせた「ミトラス」というサービスを使うことにしました。この既視感のおかげで全体のリアルさがぐっと増したのではないかと思います。

「ミトラス」が誰も想像もしなかった新しいサービスであったら、その説明と導入で物語のテンポは失われ、本来の謎解きや犯人の狂気の魅力はそがれてしまったと思います。

「ミトラス」は作中で中心となるサービスであるとともに、本作のリアリティを担保するために読者に仕掛けたソーシャルエンジニアリングでもあるのです。

(一田和樹)

「檻の中の少女」一田和樹著
http://www.amazon.co.jp/gp/product/456204697X
一田和樹公式サイト
http://www.ichida-kazuki.com/
一田和樹公式ツイッター
http://twitter.com/K_Ichida
《ScanNetSecurity》

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