日本プルーフポイント 代表取締役社長 茂木正之の「人質交渉」 | ScanNetSecurity
2021.09.27(月)

日本プルーフポイント 代表取締役社長 茂木正之の「人質交渉」

茂木の目に2021年のいまの状況は、まるで焼け野原のような光景に映っていることが口調から伝わった。

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 インタビュー中盤にさしかかったころ、苦い薬を飲み下すような口調でその人物が語ったのは、この30年で起こった日本企業と日本経済の国際社会における失速・失墜・地盤低下の話だった。通常の社長インタビューなら、その会社の特長や製品の魅力といった通りいっぺんの話題に、いい意味でも悪い意味でも終始するはずだが、その予想はここで裏切られた。

 これはたびたび引用されている経済誌の記事だが、もし2021年新卒入社の若者が聞けばきっと耳を疑う。1989年 平成元年に、世界企業時価総額ランキング上位50位中32社が日本企業だった。32社の内訳は1位がNTT、2~5位を日本の銀行が占める。製造業も5つ入っている。新卒入社でなくてもだろう。

 対する2020年11月時点、世界企業時価総額ランキング上位50位に入ることができた日本企業はトヨタ自動車1社のみ。しかも49位。日本の製造業の矜恃を見せたが果たして次はどうなるか。

 日本プルーフポイント株式会社 代表取締役社長 茂木正之(もてき まさゆき)が社会人としてのキャリアをスタートさせたのも、ボールベアリング技術で現在も日本を代表する製造業の会社だった。入社後全新入社員が受ける数ヶ月にわたる工場研修で、茂木は高性能のヘッドホンを頭にかぶって、ボールベアリングが回転する音をひたすら聞きつづける訓練を受けた。わずかな音の違いから製品の完成度合を判断し、不良品があればあぶり出す。まさに身を削り、人間の五感を総動員して、優れた製品を生み出す現場を体験した。国家の経済成長と自身のキャリアの成長が重なる時代を生きた茂木の目に2021年のいまの状況は、まるで焼け野原のような光景に映っていることが口調から伝わった。

 日本経済の地盤低下と失速には複数の理由があるだろう。たとえば、人の才能を文系と理系に分け、前者を官僚に、後者を技術や兵器開発に充てるという日清日露戦争までとてもうまく機能した教育システムが、現在の GAFA のようなデータ資本主義時代に機能不全に陥っているという仮説を本誌は有力だと思っている。茂木が有力な原因のひとつと考えるのが、中国やロシアなどのサイバー攻撃先端国家による日本の知的財産などの窃盗行為だ。

 「私がこの会社で実現したいのは、日本の経営者と社員達が営々として築いてきた知恵、知識、経験、knowhow、財産を一瞬で搾取してゆく者を決して許したくないからです。まったく理不尽です。泥棒を許したくないです。」

 一読してギョッとするような感情の吐露である。そもそも株式会社の社長の言葉だ。第一、文章の係り結びもおかしい。また、なぜ knowhow だけ英字なのか。しかし、この言葉こそが、茂木がハイタッチ営業で用いるパワーポイントのスライドに本当に書いてあることそのまんまの引用だ。係り結びの少々のおかしさこそ、むしろ荒削りな本心として読む者に迫る。

 治安悪化時の略奪のように日本企業から日々運び出される知財と個人情報と政府の機密情報。それを少しでも減らしたい、そして次の世代に少しでもまともな日本という国家を残す。それを茂木は使命と考える。

 FireEye、Cybereason、そして現在の Proofpoint と、先端セキュリティ企業の代表を短期間で歴任してきた茂木のキャリアを見て、条件がいいオファーがあれば次々と会社を変える「新自由主義経済のいけすかない勝ち組み野郎にして金の亡者」であると、当初 ScanNetSecurity 編集部は確信した。本誌読者もきっとそう思ってくれたに違いない。渋沢栄一の著作でも読ませてやるべきだと。

 そもそも ScanNetSecurity は M&A(事業買収)を過去 5 回(いずれも売り飛ばされる立場)、親会社の TOB(事業乗っ取り)を過去 1 回(乗っ取られる立場)、親会社社長の逮捕(堀江貴文:逮捕される立場)を過去 1 回経験しており、その過程で新自由主義経済のいけすかない勝ち組み野郎にして金の亡者どもに山ほど遭遇した。いずれも高学歴で頭が回りユーモアがあり仕事ができるそしていけすかない野郎ばかりだった。だから今回の取材では新自由主義経済の(以下略)から、当たり障りなく話を聞いて、毒にも薬にもならない立派なろくろ記事を書く。高いプロ意識のもと編集部はそう決意しインタビューはスタートした。

 しかし、茂木の話を聞くうちに、少々違うと思いはじめた。通常の外資系のカントリーマネジャーならば、当然キャリア形成上有利な、関連性の高い業種や産業をホップ・ステップ・ジャンプしていくのだが、それぞれの会社はそれぞれ別個のもので、たとえばA社からB社に移れば、決してこれは悪い意味ではなく「A社脳」から「B社脳」に自己洗脳を行い、自らを完全に切り替え、業務を遂行しミッションを果たす。

 だが茂木の場合、A社B社の価値観より優先順位が高い「中露他のサイバー泥棒国家、北などのサイバーならず者国家、その他サイバー国際犯罪組織からの無礼極まりない行為を止める」ことが常に目的として先に存在し、その観点で見て「A社製品」や「B社製品」がそもそも日本市場にとって必要なのかどうかという判断を事前に必ず行う。いわば脳は国産のままだ。これはセキュリティという産業の性質を考えたらあたりまえの話なのだが、こういう経営者は案外少ない。だいたいは新自由(中略)野郎ばかりである。

 茂木の活動は「今の日本に必要な製品」を、自身が輸入商社やプロデューサーとなって、日本市場に普及させていくことと似ている。「茂木事務所」が日本に紹介した Sandbox( FireEye )も、EDR( Cybereason )も、中小企業まであまねく普及するような製品ではないものの、いずれもセキュリティ対策の新しい標準、ゲームチェンジャーとなった製品ばかりだ。しかもそれをすべて嚆矢の段階で扱った。

 たとえるなら、ビートルズを日本に紹介した音楽プロモーターが、次にプログレッシブロックのキング・クリムゾンを紹介し、さらに新しいムーブメントであるパンクロックとしてセックスピストルズを紹介するような一貫性であり、ちょっと見は、てんで節操がないようにも見えるが、ロックという方向性は変わらず、たとえいかに売れそうだとしてもベイ・シティ・ローラーズのような革新性のない商品は扱わないポリシーが存在する。Sandbox でも EDR でも、扱ったのはいずれもカテゴリーリーダーだ。

 もっともこれは結果論に過ぎないかもしれない。だが少なくとも Sandbox B社や EDR B社への代表就任を自ら排除しているのは間違いない。

●モテキ音楽事務所(※架空組織名)
ロック|ビートルズ
プログレッシブロック|キング・クリムゾン
パンクロック|セックスピストルズ

●茂木正之
Sandbox|FireEye
EDR|Cybereason
人の脆弱性|Proofpoint

 危なっかしい音楽のたとえを用いて説明してきたが、そのついでに最後に茂木がいかにロックンロールな人物であるかを示す強烈なエピソードを紹介しよう。それはエンハンスリクエストである。

 もしあなたのまわりに聞かれてもいないのにやたらと配偶者との仲の良さを喧伝強調する峰竜太さんのような人物がいたとしたら、その言葉を額面通りに受け取るのは小学生男子くらいしかいないだろう。よほどの恐妻家なのか、あるいはよほどの後ろめたいことがあるのか、そのどちらかあるいは両方であることは、小学生女子でもわかることである。

 その関連で前から気になっていたのが、外資系セキュリティ製品のディストリビューターや日本法人などがしきりに口にする「本社とのコミュニケーションの良さ、仲の良さ」である。いわく「本社の開発チームと仲がいいのでいろいろな要望を出すことができる」といった言葉だ。しかし、そもそも支社であり総合販売代理店なら、そんなことは言うまでもない、あたりまえのことではないのか、そんな峰竜太疑惑がそこには拭いがたくつきまとっている。

 「僕は社長に気に入られていますから」などというセリフを、聞いてもいないのに吐く奴がいたら、それはきっと社長どころか社内に味方が一人もいないぐらいに用心してかかるべきだ。

 エンハンスリクエストとは、サービスや製品の機能などについて追加の要望を行うことである。特に外資系セキュリティ企業では、日本のビジネス環境や習慣に合わせた機能追加を行えるかどうかが成功のひとつのカギになるが、これが簡単ではない。たとえば日本語化だ。

 おととしのこと、社名は出さないが出せば知らない人はいない高名なネットワークベンダを取材していた際に、インターフェイスを完全日本語化したことを製品のメリットのひとつとして挙げており、これほど売れている製品がいままで10年も20年も満足に日本語化されていなかったのか、と驚いたものだが、こういうことは珍しくない。

 GDP世界3位といっても日本市場は徐々にその国際的存在感を右肩下がりに失いつつある。加えてスペイン語のように話者数が多い言語でもあるならさておき、日本語のローカライズなど優先順位は高くない。つまりエンハンスリクエストを出してもなかなかどころか、応じてくれないのがデフォルトだったりする。ではどうすればいいのか?

 方法はいろいろあるが、本誌が過去取材した例としてひとつ挙げられるのは、渡邊宏が代表を務めた時代の日本エフセキュアのように、本社にダマに近い形で日本市場向け製品開発を勝手に行いそれを売りまくることだ。本国に断りも無くベトナムのジャングルの奥地に戦闘国家を樹立した、映画「地獄の黙示録」のカーツ大佐のようでもあり、これはこれで相当にロックンロールな経営だ。

 もうひとつは、US 本社の顔面に右ストレートを喰らわせて、日本向けの仕様追加をもぎ取ってくることである。茂木正之が採るのはこの正攻法だ。

 ScanNetSecurity 読者なら説明不要、わかってはいると思うが、取材中終始極めてジェントルだった茂木氏が、実家の氏神様への奉納を毎年欠かさない茂木氏が、本当にグーに握った右の拳を US 本社の役員等の顔面にヒットさせたら、それはもうセキュリティ専門誌が扱う話題ではなく「週刊セキュリティプロレス」創刊を待たねばならなくなる。これはもちろん比喩である。

 茂木を知る人物は、そのエンハンスリクエストのやり方を「人質交渉」と尊敬をこめて呼ぶ。

 売上目標達成などという、ねむたくなるようなあたりまえの成果ではない。本社のお偉方の目が覚めるような成果(茂木の場合は巨大な鯨のような超大口顧客との新規契約であることが多い)を初年度に獲得、取締役会の机に、銛に突き刺さった海水したたる巨大魚を放り出して、本社の全員の目を一瞬にしてハートマークに変えて、日本市場向けのエンハンスリクエスト実現に大喜びで取りかかるように仕向けるのだ。実績を人質にして本社が茂木の要求を飲む状況を有言実行し、作る。

 特定の製品の大ヒットの裏には、極めて実利的な理由が隠されていることが多い。たとえば NetScreen がかつて爆売れしたのは、日本に ADSL が登場したことで、ADSL と VPN を組み合わせれば専用線より破格に安い費用でセキュアなネットワーク構築ができるようになる、つまり目玉が音速で頭蓋から飛び出すような高い専用線費用を IIJ に払わなくてすむようになるという、強力な追い風があったからだ。

 同様に、日本における Sandbox は、複数の競合製品が日本市場をノックしたものの、FireEye 製品が最終的に市場の覇者となったが、その背景で茂木の「人質経営」が豪腕をふるったことはあまり知られていない。

 当時 FireEye のトップだった茂木は、有無を言わさぬ実績を突きつけ、本社の茂木を見る目をハートマークに変えた後で、こともあろうにガラパゴスもガラパゴス、一太郎への対応というエンハンスリクエストを通すことに成功する。そしてそれが突破口となって FireEye の Sandbox 製品は日本の中央官公庁へのペネトレーションに成功、茂木が率いたサンドボックス中隊はドデカい勝利を収めた。ワープロの一太郎の姉妹製品には「Shuriken」(手裏剣)というメールソフトが素材するが、近代化軍隊に忍者刀で攻め入り勝利するような胸のすく活躍である。なにせ敵はセキュリティ業界のキャプテンアメリカだったのだから。

 日本人が汗と血と涙で築いた知財や技術を守るため、今一番必要なテクノロジーを市場に提供する。茂木のこのスタンスが明確になったのは次の Cybereason においてであった。製品やサービスに新規に追加される機能の半分近く、あるいは半分以上が、日本市場向けという豪腕を茂木はここで発揮した。FireEye の Sandbox、Cybereason の EDR ともに日本市場シェアトップを達成した茂木が次に向かったのが、実直なメールセキュリティ企業としてスタートし、近年サービスの幅を拡大、人的脆弱性に真正面から挑戦している Proofpoint だった。ここでも茂木の人質経営は冴え渡った。

 代表取締役社長就任わずか半年で、グローバル最大規模という、巨鯨のような大口顧客をしとめた茂木は、日本法人設立から15年目にして初めて製品インターフェイスの本格的日本語化のゴーサインを獲得した。セキュリティ意識向上トレーニング「Proofpoint Security Awareness Training」の日本語版は 4 月 28 日から β 版の提供が開始されている。

 FireEye にせよ Cybereason、Proofpoint にせよ、カントリーマネジャーとして本社を驚愕させるほどの実績を上げたのなら、もっと他に飲ませることができる条件がいくらもあったはずである。

 「また新しいところへ移られるのですか」

 会社を変わるたびに茂木が言われる言葉だ。羨望とやっかみが半分ずつだろう。取材するまでの本誌がそうであったように、外から見ている限りでは茂木の活動はともすれば「新自由主義経済の(以下略)」に見えるのであり、「モテキ音楽事務所」として一貫性あるアーティスト紹介をしていることは理解できない。

 「いや、お恥ずかしい」茂木は表面だけは毎回そう返事をする。

 もちろん茂木には会社を変わることに対し一片の恥ずかしさもない。日本のセキュリティのために、自分にしかできないやり方で貢献する。そのとき最も優れている製品を、最も日本企業に利便性高く使ってもらえるよう、戦い、エンハンスリクエストを通す。売りまくって普及させ日本の安全を高める。もっとましな未来を次代に残す。それがこの65歳の男の「命の使い方」である。

 茂木は浅間山の裾野にある長野県は御代田町(みよたまち)に生まれ育った。火山活動の影響で決して豊かとは言えない土地だ。「高原野菜しか育たない寒村」と茂木は語った。その御代田町の氏神様である大星神社への奉納を茂木は毎年欠かしたことがない。神頼み経営などではない。この種の経営者にとって経営目標を達成することなど電車が目的地に到着することとそう変わらない。途中風も吹くだろう、雨も降るだろう、だが目的地には必ず送り届ける。

 茂木が祈願するのはサイバー攻撃による泥棒を防ぎ次世代に良い国を残すという、セキュリティ企業の経営者としての自分に課した使命である。この使命が果たせないことこそ恥ずべきこと。道半ばでそれをあきらめてしまうことが真に恥ずべきこと。

 セキュリティに携わる者皆最高にカッコいい。これが本誌の発信するメッセージのひとつだが、日本の未来とそれを担う若者のために日々厳しい人質交渉を戦い続けるこの破天荒な経営者もまた、その一員に加えるべきである。そしてこの志に日本のユーザー企業は応えるべきである。
《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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