パクス・シニカ・デジタル | ScanNetSecurity
2023.02.05(日)

パクス・シニカ・デジタル

今回、評論家・サイバーミステリ作家である一田和樹氏に寄稿していただいたのは、氏が「デジタル権威主義パッケージ」と呼ぶ、主に中華人民共和国が、その影響力を海外に輸出し、その増大と浸透を行う政治社会的ツールの解説です。

特集 コラム
 「パクス・アメリカーノ」とは、アメリカ合衆国という超大国の影響力による「秩序」「平和」のことです。「パクス(Pax)」とはローマ神話における平和と秩序の女神です。

 「パクス・ロマーナ(ローマ帝国)」「パクス・ブリタニカ(イギリス帝国)」など、大国の影響力による統治と経済発展の時代は過去いくつも存在しました。

 いずれも、強い軍事力という暴力装置が前提となりますが、それだけではありません。それ以外に、ローマではたとえば道路網確立によるロジスティクスの進化や、イギリスが確立した(後の ISO につながる)「標準化」という発明、産業化された映画やロック音楽などによって民主主義と資本主義のグローバルブランディングに成功したアメリカ合衆国など、その後世界中で模倣されるようになる、独創的かつ先進的な「統治を支援する仕組みやツール」が、大国の影響力を及ぼす際、きわめて重要な役割を果たしていました。

 ドナルド・トランプの大統領就任とその後の政策、および民主主義のブランド価値を激しく毀損した政権の幕引き(トランプ信者の暴徒による議事堂への乱入と暴力行為)で「パクス・アメリカーノ」、アメリカという超大国の影響力による「秩序」「平和」はよりいっそう力を失いました。

 今回、評論家・サイバーミステリ作家である一田和樹氏に寄稿していただいたのは、氏が「デジタル権威主義パッケージ」と呼ぶ、主に中華人民共和国が、その影響力を海外に輸出し、その増大と浸透を行う政治社会的ツールの解説です。

 中国も、漢から清朝までの恐るべき長期間、さまざまな独創的な統治システムを発明し、周辺各国に影響力を発揮、東アジアの広範囲に秩序と平和をもたらした「パクス・シニカ」と後世に呼ばれる時代がありました。果たして一田氏の考える「デジタル権威主義パッケージ」は、デジタル時代のパクス・シニカになり得るのでしょうか。

パクス・シニカ・デジタル

 私が 2018 年 11 月に角川新書から『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』を上梓して以来、さまざまな関連する取材や問合せがあった。フェイクニュースを含むネット世論操作は軍事用の兵器であり、軍事は政治とは密接な関係にあるということを書籍では強調したつもりだったが、理解していただけた人は必ずしも多くなかった。ネット世論操作が政治と切り離せないことは、とりもなおさず選挙と切り離せないことでもあり、世界中のほとんどの国の選挙においてネット世論操作が行われている事実がそれを裏付けている。

●悪化するフェイクニュースを巡る状況

 フェイクニュースを含むネット世論操作は現在世界 70 カ国以上で行われており(註 1 )、進化し、高度化している。その原因はいくつもあるが、そのひとつに「デジタル権威主義」の台頭があげられる。民主主義の推移を知る手がかりとして、英エコノミスト誌の研究所が発表している民主主義指数がある。2006 年の発表以来、民主主義指数は下降傾向にあり、同レポートでは触れていないが、民主主義が衰退するという変化だけでなく、強い全体主義あるいは独裁主義だった国が一部民主的プロセスを取り入れ、民主化が進んでいるケースも増加している。つまり全体の傾向としては部分的に民主的プロセスを取り込んだ「デジタル権威主義国」が増加していると考えられる。「権威主義」とは、全体主義あるいは独裁主義のように、民主的ではない統治形態を指す。厳密な定義はなく、全体主義や独裁主義を含めたものとされることもあれば、民主主義と全体主義の中間に位置するものとすることもある。

 デジタル権威主義は、従来の権威主義と異なる点がいくつかある。まずデジタル権威主義は民主的なプロセスを基本としているが、人権などの基本的権利は制限している。国内では高度な監視と管理を行い、国外に対しては超限戦ハイブリッド戦を仕掛け、他のデジタル権威主義国と連携する。そして経済面では資本主義である。語弊があるが、わかりやすく言うと、現在の日本が有する監視システムを高度化し、使いやすくメリットもある国民 ID (現在は使いにくくメリットもないマイナンバー)を普及させれば、ほぼデジタル権威主義国となる。そのため、ふつうに暮らしている大多数の国民には、さほど大きな変化は感じられない可能性が高い。デジタル権威主義への移行は世界的に起こっている変化なのである。

 ネット世論操作の基本は、まず国内世論を掌握し、その次に対外的な作戦を開始することだ。国内選挙で国内の政党や政治家などがネット世論操作を行い、盤石の地位を確保する試みが世界各国で行われている。政権与党が自らネット世論操作を行う場合、その国はすでに権威主義化が進んでいると考えられる。そして現在世界の多くの国が、政権与党あるいは独裁者が自ら、ネット世論操作を行っている。それらの国ではネット世論操作が進化の一途をたどる。

 デジタル権威主義国の代表と言えば、中国とロシアである。中国は「一帯一路」およびそこに含まれる「デジタル・シルクロード」によって、経済圏とデジタル権威主義を世界に広げている。アジア、ラテンアメリカ、アフリカの多くの国が中国の影響下にあることをご存じの方も少なくないと思われる。それらの国は、中国的なデジタル権威主義への道を走っている(註 2 )。

 アジア、ラテンアメリカ、アフリカの国の多くはまだ欧米的な民主主義が根付いてはいない。それらの国に対して中国が提示するのは「欧米とは違う新しい選択肢」だ。

 要は「欧米からの独立を維持しつつ経済発展を促進する」ことなのだが、「欧米からの独立」とは「既存の権威主義(独裁や全体主義など)の維持」以外の何ものでもない。表向きは民主的プロセス(投票など)を経るものの、内実はそうではない。経済的に豊かになるには海外からの資本流入や貿易が必要不可欠だが、欧米の多くは民主主義的価値観(人権重視など)にそぐわない国を排除する傾向がある。これに対して中国やロシアは、民主主義的価値観を重視しないため、つきあいやすいのである。

 アジア、ラテンアメリカ、アフリカと聞いて「しょせん世界の傍流の発展途上国の話」と感じるのは誤りだ。アジア、ラテンアメリカ、アフリカは、人口でも GDP でも民主主義圈を上回る。エコノミストの民主主義指数で「完全な民主主義」とみなされている国は世界でたった 22 カ国、人口は 5.6 %、GDP は 20 %未満にすぎない。Facebook 利用者の 7 割がアジア、ラテンアメリカ、アフリカ地域である。

 デジタル権威主義の広がりを背景に、フェイクニュースを始めとするネット世論操作は猛威を振るっている。ただし、この表現は民主主義国から見た場合のもので、デジタル権威主義国から見るなら、これまで一方的に自国に有利な手前勝手な価値(民主主義)を押しつけ、従わない場合に理不尽な経済制裁を加えていた民主主義国が、ようやく国際的に総スカンをくらい衰退しているように見えるだろう。
《一田 和樹》

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