>>第 1 回から読む「あんたがやったんじゃないの?」面倒くさくなったオレは、ついヤバイことを言ってしまった。目の前にいる、うだつの上がらない男が実行犯のはずはない。だって、こいつは…「違います。私が犯人なら、工藤さんに依頼するはずないでしょう」オレが犯人よばわりした相手、大島は苦笑まじりで答えた。まだ30代後半で人事部長ってことは、それなりにつかえるヤツのはずだが、まったくそんな風には見えない。ここはR式サイバーシステム社の会議室。ぬるい会社だからリピートオーダーがあるんじゃないかと期待していたが、本当にそうなった。しかも今回は部長自ら出てきた。グレードアップしてる。喜んでもいいはずだが、思ったよりもやっかいな案件なので手放しでは喜べない。「正直言って、犯人は誰でもいいんだろ?」「いや、それは…」「ああ、違った。誰でも犯人にできるんだから、一番責任の重いヤツが犯人になればいいじゃん。つまり、あんただ」「無茶言わないでください。私というか会社は本当の犯人を知りたいんです」「そうは言ってもなあ」オレはため息をついた。奇妙な事件だ。R式サイバーシステムからグループ会社全員の個人情報が漏洩した。個人情報は、誰でもダウンロードできるようなオンラインストレージにアップされ、その次にP2Pに放流された。もう手が付けられない。残念ながらグループ社員には、プライバシーという概念をしばらく忘れてもらうしかない。どうしてもいやなら、引っ越して会社も変えるくらいしか手はない。実際にR式サイバーシステムの経営幹部は、即座に引っ越した。金持ちは楽でいい。問題をさらに面倒にしたのは社内に著名人がたくさんいたことだ。急成長のIT企業で上場しているから、まず経営陣はそれになりに有名。それに加えて広報担当の女は、タレント気取りでいろんなテレビ番組に出ていた。そのうち犯罪の記録と個人情報をマッチングする連中が、ネット上に湧いてきた。匿名掲示板には、「R式サイバーシステムの犯罪者たち」というスレッドが立ち、ヤクザの友達や親戚を持つヤツや、高齢者に対して強引な営業をしていたヤツ、前科のあるヤツなんかがどんどんさらされていった。叩けば埃が出るという言葉があるが、埃どころか大炎上してしまった。スキャンダラスな情報をさらされた二百人以上の社員が、依願退職という形で辞めていった。もちろん実際には会社からの強い要請だ。中には従兄弟が幼児虐待をしていたとか、本人にとっては寝耳に水くらい関係のないものもあったようだ。そんなものでも繰り返しネットで叩かれていれば本人も周りも、そのままではいられなくなる。こういう理由で辞めた連中には、次の仕事はなかなか見つからないだろう。グループ全社で三千人以上いるというから、十%弱の社員がなにかしら後ろめたい過去を持っていたわけだ。この比率が高いのか低いのかわからないが、どの企業にとっても他人事ではないだろう。スキャンダラスな問題を抱えたヤツがひとりもいない会社なんかない。>> つづき