世界はこれまで国家(State)が中心的なアクターとなることで動いてきた。今でも多くのことは国家を単位に語られることが多い。しかし近年それ以外のアクター = 非国家アクター(Non State Actor)の重要性が増してきた。もっとも注目されている非国家アクターはいわゆる GAFAM などのビッグテックで、それ以外にも数多くの非国家アクターがいる。本連載ではこうした、まだ知られていない非国家アクターまたはよく知られている非国家アクターの知られていない面を取りあげてご紹介してゆきたい。
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●米大統領選で主流メディアが負け、SNSが勝った?
今回の米大統領選では主流メディアが負けたとか、SNS が勝ったとか言われているようだ。日本の兵庫県知事選でも似たようなことが言われていた。果たしてどうなのだろうか?
実はこのままでは話の解像度がいささか粗い。「主流メディア」という言葉は、そのまま具体的ないくつかのメディアに置き換えることができるが「SNS」についてはそうではない。2024 年 11 月 14 日の Axios の記事が確認したデータでは、ある SNS のアクセス数は他の SNS のアクセス数の平均の 30 倍だった。つまり SNS とひとことでいっても、さらにその中に圧倒的勝者がおり、事実上その SNS の一人勝ちだったということになる。その勝者は X だ。
もちろん、英ガーディアン誌などのメディアが X から撤退したり、多くの人々が Bluesky に移動したり、広告主が撤退するなどのために企業価値は大きく下落したりというマイナスも多い。しかし、社会的影響という観点では、X は威力を増している。したがって米大統領選の勝者は SNS ではなく、X と言った方が実態に近いだろう。より正確を期すなら、ポッドキャストなど他のメディアの影響についてのくわしい分析が出てくるのを待った方がよいのだが、速報として X の影響力が大きかったのは確かのようだ。
●イーロン・マスクは最初の非国家地政学的アクターの独裁者
さらに言うなら X というのも正確ではない。「Wired」誌や「データをいろいろ見てみる」の分析で明らかなように、X というより「イーロン・マスク」があらゆる競合メディアや SNS、インフルエンサーを凌駕していたのだ。
その背景にはイーロン・マスクの投稿をブーストするアルゴリズムなどもあっただろうが、そういう話は問題を矮小化している。イーロン・マスクは地政学的アクターとして自覚的に活動しているのだ。
「地政学」とは政治、軍事、社会、経済、地理など全領域を考慮した国家間のパワーバランスについての実践的な知見を指し、そこで重要な役割を果たすのが地政学的アクターである。これまで地政学的アクターは国家のみを想定していた。しかし、近年、国際政治学者であるイアン・ブレマーなどが「GAFAM などのビッグテックは地政学的アクターである」と主張しはじめている。つまり、国家と同等の影響力を持ち、国家の支配下にない存在だという主張だ。すべてのビッグテックが地政学的アクターとは思わないが、少なくともイーロン・マスクは地政学的アクターとして外交上あるいはハイブリッド戦の武器として X を買収し利用している。
SNS プラットフォーム企業や IT プラットフォーム企業が国家と並ぶ地政学的アクターとなったと指摘されて久しいが、これまで多くのプラットフォーム企業はそう言われることを避けていたし、地政学的アクターとしてふるまってはこなかった(せいぜいロビイストにこそこそ多額の費用を支払ったり、献金をするくらい)。だが、イーロン・マスクは堂々と地政学的アクターとして行動している点が他の企業経営者と圧倒的に異なる。
この観点に立つと、イーロン・マスクがトランプに対して行っているのは、地政学的アクターとしての「外交」なのだ。多くの識者は誤解しているがイーロン・マスクはトランプを支持しているのではない。イーロン・マスクは「地政学的アクターの元首」として米国と同盟関係を結んだのだ。合衆国 対 イーロン・マスクという対等な外交関係だ。