ハッカー協会の事件簿 #01「社会的損失」 | ScanNetSecurity
2025.02.28(金)

ハッカー協会の事件簿 #01「社会的損失」

 事件でセキュリティ技術者が逮捕されるたび杉浦は苛立ちを募らせた。それは、一度逮捕されるとあとでたとえ釈放されても社会復帰することが非常に難しくなる、つまり「戻ってこれなくなってしまう」ことだった。

特集
一般社団法人日本ハッカー協会 代表理事 杉浦 隆幸 氏(2019年撮影)

 最初にことわっておくが「事件簿」といっても日本ハッカー協会が行った、逮捕されたセキュリティ技術者への法的支援の個別事案の詳細について弁護士などに取材して掘り下げるという趣旨の記事ではない。守秘義務があるのでそんな取材はできないしそんな取材に応じる馬鹿は司法試験を通らない。

 以前電博かどこか(いずれにせよ大手代理店)からの問い合わせで「ランサムウェア事案に関わった弁護士をアサインして、ストレージベンダ(たしか)との対談をセッティングしたら面白いと思うができないか」という馬鹿丸出しの相談があったが「(そりゃあおもしろいかもしらんが)おまえは馬鹿か」という趣旨を丁寧な言葉に変換して返事した。そんなことに応じる馬鹿は司法試験を通らないし、本誌読者のようなまともな情シスから見たらそのストレージベンダが単に馬鹿に見えるだけでブランドだだ下がりである。

 NTTグループ CISO が『サイバーセキュリティ戦記』という本を書いていて、この本も「サイバーセキュリティ版 ノルマンディー上陸作戦の裏側」的なものをタイトルからうっかり期待しがちだが、同書は個別事案というよりは NTTグループのセキュリティ強化の総論各論的な話がフラットかつ明晰に書かれているのみである。記者が日頃から抱かれたいと思いかねないほど尊敬している茂岩祐樹兄貴の『DeNAのサイバーセキュリティ Mobageを守った男の戦いの記録』も同様。

 本稿はむしろ、日本ハッカー協会代表理事の杉浦さんが堤さんと一緒に日本ハッカー協会設立直前に賛助会員を募るためにセキュリティ会社を営業にまわっていた際に訪問先の LAC から「協会名から『ハッカー』を取ってくれさえしたら賛助会員になる」と著しく肛門の直径が小さいことを言われた、そういうエピソードこそが「事件」であるという考えに基づいて取材と執筆を行っているのでどうぞよろしくお願いします。大丈夫です。人気がなければ連載はこれ 1 回で終わりますからご心配なく。

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 一度詳しく日本ハッカー協会を取材してみたいと思ったのは 2020 年 1 月にこの団体を Security Days というイベントに関連して訪問したときだった。同協会がオフィスを構えていたのは、まるでフェイク・ホラー・ドキュメンタリー動画の優秀なスタッフがロケハンして見つけてきたのではと見まごうばかりの、超イイ感じに古びた秋葉原駅至近の雑居ビルだった。5 人ぐらいで本気で押せば建物が少しくらい傾くのではないかと冗談でなく思った。

 「事件」は取材の前だったか後だったか(定かでないし別にどっちでもいい)に起こった。

 おそらく日本ハッカー協会に登録しているどなたか技術者の 1 人あるいは複数に対してという趣旨で、代表理事の杉浦隆幸がきわめてイライラした口調で「まったく英語ぐらい自分で読めよって思うんですよ。中学 高校 大学って 10 年も習ってるんだからさあ」と、荒廃した街を走る鉄道の高架下のトンネルで、路上にツバを吐くかのごとくはっきりと怒気をこめて言ったのだった。

 もう少し説明を加えるとこういうことである。

 要は日本ハッカー協会に登録なりしている技術者が日本ハッカー協会の支援なりを受ける際、日本語のドキュメントが存在しない情報ソースの活用、あるいは手続きなりを踏まなければならなくなったらしい。おそらくこういうことで合っているだろう。というかここまで抽象度を上げているのだからあって当然である。

 その際に、その日本ハッカー協会登録者あるいはこれから登録する方なのかはわからないが、その彼/彼女が英語が苦手だったのかあるいは法律等の「たとえ日本語で書かれていたとしても意味をとるのがしんどい内容」なのかは知らぬが、自分で英語を読みこなすことを放棄して日本ハッカー協会に頼ろうとしていたらしい。その態度なり行動の一部始終または一部が、杉浦のイライラの琴線に触れ、やがて着火し燃え上がっていた。その文脈で先に記載した「ガード下でツバを吐く」かのごとき怒気を含んだイライラMAXの発言が口にされた。おそらくこういうことで(大筋)あっているはずだ。

 一般社団法人日本ハッカー協会は「日本のハッカーがもっと活躍できる社会を作る」をミッションに、2018 年 5 月に設立された。ハッカージャパンの斉藤健一や本誌編集長上野も参加した記者会見の記事を ScanNetSecurity も配信した。

 同協会が提供するサービスは、技術を知らない警察による(法的正当性や根拠が疑問視される見方が成立しうる)逮捕や送検などからセキュリティ技術者を守ることと、もうひとつが日本ハッカー協会に登録している会員(多くが警察に目をつけられる危機が迫るほどに優秀な技術者)に対して、協会が転職エージェントとして機能して就職のあっせんを行う。このふたつの事業である。

 記者はこれをざっくりと「ハッカーを守る」「ハッカーが輝ける職場への就職支援」という、例によって表面も表面、ATARI社スターウォーズゲームのワイヤーフレーム並みに「馬鹿でも目に見える部分」しか捉えていなかった。書いている俺がそもそも馬鹿だった。だから「Winny の暗号解読等々、これまでたくさんの仕事を成し遂げた杉浦さんも、会社を LAC に売却して金をつかんで少し人間が丸くなって、楽隠居として後進を育てる老賢人のような境地に達したのだろうと」深さ 0 mm の理解をしてわかった気になっていた。

 にも関わらず、協会を頼ってきた後進のかわいい(はずの)セキュリティエンジニアに対して「英語ぐらいテメエで読めやボケェ」的な男前発言をするのを目の当たりにしたとき記者は初めて、日本ハッカー協会とそれを設立した杉浦隆幸に本当の意味で興味を持ったのであった。


《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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