今回の工藤の相手は、専用クラウドサービスを用いて、100 件に届く Twitter アカウントを高度に組織化して活用し、依頼企業の事実無根(だが最高におもしろい)誹謗中傷を長期間にわたって効果的かつ徹底的に行う「レピュテーション攻撃」の使い手です。たとえば、100 件のうち 83 件のTwitter アカウントを運営に依頼して停止すると、翌日にはきちんと 83 件の新たなアカウントが追加され総数 100 に戻って誹謗中傷を粛々と継続する強者ぶりを、敵は見せつけます。
ロシアの米国への選挙干渉などでその存在や手法・実態・技術が知られるようになったレピュテーション攻撃や SNS 操作産業ですが、そうした攻撃が「もし日本の一般企業に向けて行われたらどうなるのか?」という仮定が本作を生みました。小説を用いた一種の仮想演習としてもお読みいただくことが可能です。
たかだか馬鹿なアルバイトの悪ふざけや天然のイタズラを「バイトテロ」などと呼ぶ子供じみた危機意識の日本企業が、もし IRA(ロシアのネット世論操作企業で、有名なアイルランドの武装組織とはまったく別物)のような洗練されたプロフェッショナル手法で、計画的組織的に攻撃を受けた場合、どのような対処が可能なのか。事業継続やコンプライアンス、経営企画などに所属するビジネスパーソンにも有益な内容です。

前回
翌日、オレは橘を訪ね、麻紀子から聞いた話を説明してやった。麻紀子の作った時系列の表を見た橘は、目を丸くした。これだけわかれば解決は近いと誤解しそうなくらいよくできた表だとオレも思う。
「とりあえず、これで犯人以外のことはだいたいわかった」
興奮気味に表を見つめる橘にオレはさりげなくつぶやく。
「そうですね」
橘はすぐに我に返ったが、釈然としない様子だ。
「ここまでわかってなぜ犯人に手が届かないんでしょう。いや、理由はわかっているんですけど、すごく納得できないというか、悔しいですね」
「サイバー犯罪ってのはだいたいこんなものだ。ランサムウェアなんか堂々と振込先まで書いてあるのにどうにもならないんだ。『攻撃者絶対有利の原則』だ」
「おっしゃる通りですが、それではやられっぱなしということですか? 泣き寝入りしろと?」
「いや、それじゃオレに依頼した意味がないだろう。今回の騒ぎを収め、再発防止策を考える」
「よろしくお願いします。状況から考えると絶望的のような気がしますが、なにか方法があるんでしょうか?」
「いまのところは、なんとかするとしか言えないな。犯人の動機がわかればいいのだが」
「動機ですか・・・」
動機と言われても困るだろう。脅迫や犯行声明でもあれば別だが、正体の見えない敵からの嫌がらせでは見当がつかない。
「もう少しわかったことがある。」
つづく