#NoMoreFake 第5回「情報格差が生まれるところ」 | ScanNetSecurity
2024.03.28(木)

#NoMoreFake 第5回「情報格差が生まれるところ」

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少し考えた後、さらに切り出していくお兄ちゃんにうなずく畠山さん。

「はい。今、大手のアフィリエイトサイトに交渉してるんですが、なかなかうまくいってなくて…」

「そっか。じゃあ一応俺も大学生の時からお世話になってるアフィリエイトのサイト運営してる知り合いがいるので、明日聞いてますよ」

「ありがとうございます!」

「ただ、FAKEx の記事を書いてるみんなにも伝えないといけないので明日返事でも大丈夫ですか? やっぱり、すこしでも危険が及ぶときはみんなに了承得ないとなので。…みんなそれぞれ家族や大切な人もいるので」

ふいに目が合い、兄として妹を心配してるのが伝わってくる。

それくらい今の世の中は簡単に個人が攻撃される時代なんだ。

「はい。もちろんです」

「ただ、僕ももっとサイトを広めたいとは考えてたんです。2022 年には AI までもがフェイクニュースを量産すると言われてるでしょう? 一つのキーワードに関連する単語を組み合わせて、それっぽいフェイクニュースを一時間で 100 個以上作る。世の中はフェイクニュースなのか事実なのかがわからなくなる時代がもうすぐそこまで来てる」

「何を信じたらいいのかわからなくなりそう」

急に不安を覚える私に、優しく微笑みかけてくれる兄。

「そうだね。でも人間はおめでたいから、自分の持っている情報は確かだと思って信じて疑わないからね。すでに偏った情報しか入ってこない環境を作り上げられてるとも知らずに」

「偏った情報?」

「フォローするでしょ? そしたらその関連のツイートが回ってきて、いつの間にか偏ったコミュニティーに身を置いているようになる。自分の考えは多様性があるって思っている人もいるかもしれないけど、そんな人も、気づけば同じ話題をつぶやくアカウントの記事を何度も目にするようになる。その人の趣味、思考、宗教、SNS を見ている時間から買い物の履歴まで全部把握されたうえでいろんな方法で洗脳されていく。情報上級国民と情報弱者の格差は広がっていって、好きなように利用される」

いつものふざけてボケばかりかましてくる兄とは思えないくらい、しっかりしてる。

家族だといっても全部を知っているわけじゃない。他人だとなおさらだ。

「でも、もうすでにそういう世界になっちゃっていってるわけでしょう?」

お兄ちゃんは質問の止まらない私を落ちるかせるように優しく微笑む。

「その気持ちも、もしかしたら情報操作の一つかもね。もう時すでに遅し。何をやっても変わらない。そう思わせるような記事を浴びせられ続けたら、次第に人は考えないようになる。やる気を失って、何をしてもどうしようもないって希望を持たなくなる。そうなれば一番楽に格差を広げていけるんだ」

「…なるほど」

「政治的な戦略もあるけど、それはあくまでも利用している側でフェイクニュースを作成している人の根本はお金儲けで…。ただお金に目がくらんで出したフェイクニュースで人が死ぬこともあるからね。今の時代、自動型のネット広告は広告主が直接依頼しなくてもコスパの良い方法でランダムに、ターゲットを絞って集客できる方法でもあるから、有名な企業が加担してしまってることもある」

淡々と話す兄に感心しながらもついていくのに必死だ。

「そうなんだ」

「あ、でも、今回、NO MORE FAKE の話をしたら大手のスポーツメーカーと通信業者がサポートしてくれることになって」

畠山さんがパソコンで企画書を出して見せてくれる。そこには大手のスポーツメーカーや通信業者の名前が挙がっていた。

「あ、そうなんですね。そしたらもっと大々的にできるかもですね。ちゃんと作戦は練らないといけないかもだけど、より拡散力のある方法でできそうですね」

協力してくれる企業を見て何やら考えている様子のお兄ちゃんをうかがうように見る畠山さん。

「ご協力していただけますか?」

「もちろん。僕にできることなら。早速作戦立てましょう」

久しぶりに会ったお兄ちゃんと先輩である畠山さんの顔は、「上司が嫌いだ」とか「取引先が…」と嘆きながらビールを飲んでいるサラリーマンの中でいっそう輝いて見えた。

居酒屋を後にし、畠山さんと別れた後、タクシーに乗ったお兄ちゃんはすごくご満悦そうだった。

--

「いやー、畠山さん熱いね」

「お兄ちゃんも十分熱かったよ」

「そうか?」

笑いながらネクタイを緩める兄。

「でもかっこいいね」

「え?」

「なんかすごいなって思った」

「まだ何にもできてないけどね」

「不安とかないの?」

聞いてすぐに、愚問だと思った。不安がないわけがない。多くの人の気持ちを動かして多くの人の行動を動かす。一歩間違えれば犯罪者にでもありそうな運動。そんな運動を始めようとしているときに不安がないなんてありえない。

「もちろん不安だよ。自分が行動することで、それが正しくても周りに被害が出ることもあるからね」

携帯を軽くチェックしてポケットにしまうお兄ちゃん。

「でも、何も変わらない方が怖いかな」

そういった兄の顔は何かを吹っ切るように前をとらえていた。

人間は未知のものを怖がる。どうなるかわからないから。でも、その壁を超えるための一息が、たいせつなのかもしれない。

「私も何か手伝えないかな?…何ができるかわからないけど」

手伝わせてほしいと言ったのものの、プログラミングの能力もなければ、人脈もないただの大学生の私にできることは、お茶くみくらいしかない。そんな不安を察するように私の頭をポンポンとなでるお兄ちゃん。

「やりたいっていう気持ちと行動があれば、何でもできるよ。ただ、何かあったら自分の身を一番に考えて俺に相談すること。いい?」

問いかけにしっかりうなずくと、兄は満足そうに目をつむってタクシーのシートに身を預け眠る体制になった。

>> #NoMoreFake 第6回「長期的武器」

大和田紗希 作 / 一田和樹 監修 サイバーミステリ小説「#NoMoreFake」
《大和田 紗希》

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