>> #NoMoreFake 第3回「ファクトチェック」
「でもどうして僕だと? FAKExの記事は、個人の被害を防ぐためにみんな匿名でやってるのに」
「あ、それはたまたまだったんです。僕があの時の記事をスクリーンショットしてて」
畠山さんが出してくれた記事の写真は確かに匿名で誰が書いたのかわからないようになっていた。
「…あ、この写真」
家族旅行に行けなかったお兄ちゃんに送ってあげた幸運のピンクのブタの写真だった。
「そう。今は達夫さんのアイコンは別のモノになってるけど当時は遥ちゃんが撮った豚の写真にしてたんだ。たまたま遥ちゃんが見せてくれた写真で気づいて」
「だからあの時写真について詳しく聞いてたんですね。てっきりブタが好きなのかと思ってました」
ブタ好きだと思って、来月の畠山さんの誕生日にブタの小物をチョイスしてたのに…。残念。
「それで遥ちゃんに話を聞いたり、フェイスブックの共通の友達とか、タグ付けされてる投稿とか読んだりして、確信に変わっていきました。まぁ最終的に違うって言われたらどうしようって思ってましたが」
「お兄ちゃんはどうして匿名で活動してるの? 会社にばれるとまずいとか?」
「会社がどうのって話じゃないんだけどね。今、ネットで調べればすぐに個人情報が出てくる時代だから、書いてる本人じゃなくてその周りを攻撃する輩も多くてね。名前を出して責任をちゃんと取る記事を出すべきだっていう人もいるけど、今の時代信用できる記事を探して名前を載せろっていう人よりも、何かの標的を見つけたくて名前を知りたがる人の方が多くて。結局、本当に責任のある記事を求めてたら、匿名のフェイクニュースがこんなに拡散されることもないだろうしね」
「事実の記事よりも嘘でインパクトのある記事の方が目をひきますもんね」
運ばれてくる料理を店員から受け取りながら並べていく畠山さん。
当たり前だと思って流してきた現実が、少し身近になった瞬間に脅威になる。
誰が標的かわからないということは、自分がいつ標的になるのかわからないということだ。
「で、今日は何の話をしに来たんですか?」
並べられた料理とお酒で少し和らいだ空気になったところで、兄が切り出す。
「実は、この事件についてなのですが…」
畠山さんがパソコンを取り出し、おふくろさん食堂の記事を見せる。
「テレビの切り取り報道が発端だったんですがどんどんフェイクニュースが続いて、エスカレートしていってて」
「これはまた、ひどい」
記事に目を通した兄の眉間にしわが寄る。
「今日お昼に店主に聞いたら何十年も前の話らしくて…でもお客さんはどんどん減ってるみたいでこのままだとつぶれちゃう可能性もあるみたいです」
真剣にサイトの記事を眺めているお兄ちゃんの表情は、家族には見せたことがない仕事モードの表情だった。
(お兄ちゃんも外では社会人として、ちゃんとしてるんだな…)
記事を読み終えたお兄ちゃんがフッと一息つく。
「なるほど…。何か手伝えることあるんですか?」
「今回のおふくろさん食堂のフェイクニュースを達夫さんのFAKExでファクトチェックして載せてもらって、それを拡散させたくて。この一年で、SNSの拡散力はできたんですがまだ信用のおける拡散力ではないので、達夫さんに協力してもらいたいんです」
そう言いながら畠山さんは一枚の名刺を取り出しお兄ちゃんに渡す。
「ハッシュタグ ノーモア フェイク…?」
「フェイクニュース撲滅運動を本格的に始めたいと思ってまして」
座りなおし、さらに真剣な表情になる畠山さん。
「畠山さんが?」
「実は兄の自殺の事件の時に始めようとはしたんですが、僕の力不足ですぐ潰されちゃって」
「潰された?」
「はい。設立したサイトの悪口から僕に対する批判のフェイクニュースが飛び交って、みんな離れていっちゃって。まぁ、当たり前ですよね。自分の生活を犠牲にしてまで誰かのためにやる意味があるのかっていう疑問は出てくると思うんです」
「…それもフェイクニュースを作ってる人にやられたんですか?」
思わず口をはさんだ私に少し寂しそうに笑う畠山さん。きっと嫌がらせもひどい内容だったんだろう。
「おそらくね。でも、結局は拡散に携わる人がたくさんいるわけで。アイコラとか手の込んだ動画とかにすれば画像の面白さに何も考えずにリツイートする人も出てくるわけで…」
「難しいですね」
たしかに私も少しふざけた内容の動画を拡散させることもある。知らず知らずのうちに隠されたメッセージもあるのかもしれない。
「まぁでも、良い勉強にはなりました」
吹っ切れたようにジョッキを口に運ぶ畠山さんを見て、心配そうにうなずくお兄ちゃんに、どうにもできないことなんだと感じる。
「ただそれだけじゃ広告が停止されることも、記事の作成者が確定することもないですよね?」
>> #NoMoreFake 第5回「情報格差が生まれるところ」
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