「顔貌売人 ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬」柳井 政和(ブックレビュー) | ScanNetSecurity[国内最大級のサイバーセキュリティ専門ポータルサイト]
2018.10.20(土)

「顔貌売人 ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬」柳井 政和(ブックレビュー)

前作でもそうだったが、この小説には悪人が登場しない。犯人ですら元から悪人ではなく、救われるべき人間だ。

調査・レポート・白書 ブックレビュー
「人は誰でも、なりたい自分になれる」

本書のテーマはこれにつきる。そうあってほしいと思うものの、多くの人はさまざまな障害にはばまれて「なりたい自分」になることができない。そして中にはいわゆる“闇堕ち”(悪行に手を染める)してしまう者もいる。

鹿敷堂桂馬(かしきどう けいま)を探偵役としたサイバーミステリ第二弾である。前著から約一年、お待ちかねの再会、と言ってよいだろう。

ファンタジーや奇抜な設定で読者の意表を突いたり、過去の名作のトリックやアイデアを流用したりする外連味のあるミステリ全盛の時代にあって、基本に忠実に地道に丹念に作り上げられた味わいは前作と変わらない。安心して読め、なおかつ素材がサイバーということでこれまでにない驚きもある。まさにミステリの王道をゆく作品であり、「サイバーミステリの新たなスタンダード」と帯に謳われているのももっともである。

顔認識システムを使ってAV女優の個人情報をSNSなどから特定するサイトという現実にあってもおかしくないサービスが事件の発端だ(本書によれば似たような事件が実際にロシアであったそうだ)。主人公の女社長安藤裕美(あんどう ひろみ)が巻き込まれ、解決に奔走する。切羽詰まった安藤は以前助けてもらった鹿敷堂に相談する。

鹿敷堂の力でサイトそのものの閉鎖は比較的簡単にできたものの、それだけでは不十分で再発を防ぐためには犯人をつきめなければならない。調査を進めるうちに事件は予想をはるかに超える規模の深刻なものであることがわかってくる。

鹿敷堂桂馬と安藤裕美は巨大な陰謀に立ち向かいつつ、「なりたい自分になれる」はずなのにボタンの掛け違いで苦しんでいる若者を助け出す。

ネタバレになるので詳細は言えないが、物語は二転三転し、転がるたびに規模が大きくなってゆく。最新のサイバー世界の状況を反映したラスボスの登場には驚く。

サイバーミステリとして最新の話題を取り扱っているものの、専門用語の使用は必要最小限に抑えられており、すらすらと読み進むうちに理解できるよう工夫してある。だからといって描写に手抜きがあったり、はしょっているわけではない。鹿敷堂が犯人を追い詰める箇所などは、著者の知識と経験に裏付けられた描写になっており、知識のある者が読んでもおもしろい。

物語が構造化されていて、登場人物や出来事もそれぞれ必要充分な情報を所定の箇所で記述するように整理されている感じがする。そのためリーダビリティの高い文章と相まって読みやすくわかりやすくなっている。

特にラストに向けて、さまざま思惑が交錯する中での追跡、逃走劇は圧巻でページをめくる手が止まらない。同時に繰り広げられる登場人物の思いのぶつかり合いも人間ドラマとして読み応えがある。

世の中には貧しい者、富める者、悪に手を染める者……さまざまな人間がいて、それぞれが「なりたい自分」になろうともがいている。時には諦め、絶望することもあるし、社会に復讐したくなることもある。そうやって道を踏み外してしまった者にも救いはあるし、やりなおしはできる。

犯人の生い立ちや背景が詳しく描かれており、それがひどく生々しく、痛々しい。リアルだから犯行におよぶまでの心理もよくわかるし、その後の苦悩や不安もひしひしと伝わってくる。この犯人の描写には読んでいて没入し、気がつくと手に汗がびっしょりということが何度もあった。読む人によって違うのだろうが、私はこの犯人にとても共感を覚えた。探偵役の鹿敷堂自身も脛に傷を持つ身だから、他人事とは思えず犯人を追い詰める時でもちらちらやさしさを見せるのがまたいい。

前作でもそうだったが、この小説には悪人が登場しない(主要登場人物)。犯人ですら元から悪人ではなく、救われるべき人間だ。人間を見る目はたまらなくやさしい。おかげで読後感がさわやかで救いがある。読み終わって、自分もがんばろうという気になる。

前作同様、とてもていねいに書かれており、ひとりひとりの登場人物の生い立ちや人となりがくわしく説明されている。そのため前作を読んだ方は、今作と比較して登場人物の成長や変化を垣間見ることができるのも楽しみのひとつだ。本シリーズはサイバーミステリであるとともに、安藤裕美と鹿敷堂桂馬が成長してゆく人間ドラマとしても楽しめる。個人的には鹿敷堂の人間味がどんどん出てくるのが楽しみになった。

お盆休みに手に取って人間としてあるべき姿に思いを馳せるのもよいと思う。一読をお勧めしたい。
《一田 和樹》

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