K-POP, K-DRAMA, K-BEAUTY, K-FOOD そして「K-SECURITY」とは? | ScanNetSecurity
2025.05.13(火)

K-POP, K-DRAMA, K-BEAUTY, K-FOOD そして「K-SECURITY」とは?

 無料相談や性能テストができることは、スタートアップを含む民間企業にとっては心強い支援となるだろう。何よりもコストや費用が助かる以前に、韓国では「国産セキュリティプロダクトを開発する人間も企業も、国が歓迎して積極的に手助けしてくれる」このメッセージの発信はとても大きい。

研修・セミナー・カンファレンス
SECON 2025 会場
  • SECON 2025 会場
  • 物理とサイバーの融合。CCTV や X線検査装置なども多数展示
  • 韓国セキュリティ市場の規模
  • KISA のブース
  • Universe AI のブース
  • Universe AI の技術は迷子(認知症患者)さがしで政府が採用している
  • ネットワーク化されたCCTV の解析技術も多い

 K-POP ならぬ K-SECURITY という言葉があるのをご存じだろうか。韓国発の K-POP が世界共通語になったように、韓国発のサイバーセキュリティ製品や技術を積極的に世界に発信する野心がこめられたワードだ。渡韓して取材した韓国の大規模セキュリティカンファレンス SECON 2025 で耳にした言葉なのだが、全力で国産のセキュリティプロダクトを育ててきた韓国だからこそ言える言葉だと感じた。

●浸透する「K-SECURITY」

 K-SECURITYの機運は「SECON 2025」のブース取材でも感じた。SECONは、韓国を代表するセキュリティイベント(展示会+カンファレンス)のひとつだ。サイバーと物理の融合が特徴的で、日本を含む他国のセキュリティイベントとは違った盛り上がりをみせていた。

 SECON 2025 の取材で「これが K-SECURITY なのだろう」と実感できたのは、国内企業の多くが、強くグローバル展開を意識していた点だ。 RSA Conference USA でも Black Hat USA でも NRIS 以外の企業をとんと見かけなくなった日本とは大違いである。

 内外からのプレス向けに開かれたプレスレセプションでは、「保安ニュース」(韓国のセキュリティ専門誌)のジュン・クワン氏が「24 回目となる今回の SECON の目玉は、物理とサイバーの融合、AI 脅威と AI セキュリティ、そして K-SECURITY ブームをリードする先進技術の数々だ」と自信と誇りをこめて挨拶した。すでに韓国のセキュリティ業界ではある程度一般化している用語のようだ。

 なぜ韓国が自国のセキュリティ技術に自信をもって海外展開を進めようとしているのか。そのヒントもクワン氏のスピーチで語られていた。

 「北朝鮮、中国、ロシアとの地政学的にも複雑な状況に置かれている韓国では、ネットワークインフラがセキュリティ分野の中心的な関心事になっている。その結果、最高かつ最先端技術を積極的に取り入れている。そのための実験的な取り組みも盛んだ。にもかかわらず、韓国セキュリティ市場はグローバルに比して大きいものではない。これは成長の余地があるということでもある」

 くり返すがこれを自信たっぷりに語っていた。ロシア、イスラエル、米国が新たな国際社会の秩序を(悪い方にだが)変えようとしている現在、韓国はむしろこれをチャンスととらえ、セキュリティ産業を輸出産業にしようとしているように見える。実際に SECON には「出自がイスラエルのサイバーセキュリティ製品を買うなんてごめんこうむる」的なスタンスを持つ国籍と推定される来場者が、会場に散見された。

● 韓国サイバーセキュリティ市場は決して大きくない

 クワン氏によれば、韓国のサイバーセキュリティ市場は(日本円で)約 3,200 億円、物理セキュリティの市場は 5,700 億円だそうだ。あわせて約 9,000 億円規模になる。対して日本のサイバーセキュリティ市場は約 1 兆円。物理セキュリティ市場は約 8,600 億円という統計がある。こちらは合わせて 1 兆 9,000 億円といったところだ。

韓国セキュリティ市場の規模

 市場規模では日本に 1 兆円ほど届かないことになるが、日本、いや他国との違いは国内セキュリティ産業のプレーヤーの多くが韓国企業という点だ。たとえば日本で Interop Tokyo のような展示会イベントに行くと、ぎっしり外資系ベンダのロゴで埋め尽くされるものだが、SECON 会場で見た明らかな外資は Cybereason のみ(注意して見ればあと 1 つ 2 つはあったかもしれない)。日本は国産クラウド、国産セキュリティに目を向け始めてはいるものの、大手セキュリティベンダーはほとんどすべて外資である。国産もあるが時価総額的にトレンドマイクロ以外は皆小粒というかニッチというか。日本のセキュリティ産業はアメリカやイスラエルの独壇場である。しかも国を挙げてそれが最高なことだと思って一片の疑いを持っていない節すらある。

 クワン氏が言うように、韓国には地政学的にも特殊な国という強みもある。韓国はご存じの通り北朝鮮と中国とロシアに近接しているが、もしこれにトランプのアメリカ合衆国が加われば現代権威主義国家あるいはヤバい国家元首の役満達成である。これまでの自動車や電子機器、半導体と並んで、セキュリティ産業をこそ育てようという野心が高まるのも必然である。切実な必要性があるのだ。付記しておくと北朝鮮と韓国はあくまで「停戦」しているだけであってまだ何も終わっておらず、北と南の戦争はいまも続いたままだ。

● KISAが国内セキュリティ産業育成に尽力

 SECON では KISA(韓国インターネット振興院)のブースも取材した。KISA は、韓国のインターネット技術、市場の推進と安全を担う政府機関。KRNIC や KrCERT/CC といった組織も傘下に従えている。KRNIC は韓国のナショナルレジストリ(日本でいう JPNIC)であり、KrCERT/CC はナショナル CERT(日本でいう JPCERT/CC )に相当する。

KISA のブース

 KISA の取り組みのひとつに、韓国セキュリティ産業の保護育成があるという。たとえば、韓国にも政府のシステムや機器の調達について、一定のセキュリティ基準がある。KISA は、新しいセキュリティプロダクトが開発されると、その基準の事前審査や相談を無料で行う。さらに、機器やシステムのテストベッドも整備し運営している。これも企業は無料で利用することができる。

 自社製品やソリューションが安全かつ調達基準を満たしているかどうか、テストベッドの測定を無料でしてもらい、性能や事前審査のお墨付きを KISA が与え、それが政府に納品されるという流れだ。その後、正式な認定には国への審査手数料、登録料などが発生するが、これは KISA が経済的に自走するために必要な仕組みである。いずれにせよ無料相談や性能テストができることは、スタートアップを含む民間企業にとっては心強い支援となるだろう。何よりもコストや費用が助かる以前に、韓国では「国産セキュリティプロダクトを開発する人間も企業も、国が歓迎して積極的に手助けしてくれる」このメッセージの発信はとても大きい。

● ブースでも強調される Made in KOREA

 ブースでも K-SECURITY の動きは随所に見られた。まず、Sungchang Co. Ltd. という企業は超小型の無停電電源装置(UPS)の製品を出していた。MINIXEN という製品シリーズはリチウムイオン電池を内蔵して 5~12 V の DC給電を行う小型モジュール。サイズは 8 cm × 5 cm 程度で、CCTV やロボット、ネットワーク機器、基地局などに組み込むことができる。容量は 3,000 mAh(7.4 V)。バッテリー駆動は 20 分から数時間(消費電力による)まで可能。

 もちろん、小型の UPS 自体は他社でも作っているが、この製品の売りは「Made in KOREA」だ。カタログにも英語で大きく印刷されていた。Made in KOREA は、アメリカなど中国に対してデカップリング政策をとっている国には刺さるポイントなのだと解説員は言った。安全保証リスク、関税リスク等で、中国製は使えないとなったとき、韓国製なら安心して採用できるからだ。

 安全保証リスクを背景にした K-SECURITY は、ソフトウェアソリューションでも確認できた。Universe AI という画像認識システムの会社は、高精度な顔認識技術を持っており、路上の CCTV に映る大量の人の中から特定の人物を検出する技術を持っている。カメラがネットワーク化されていれば、カメラまたはモバイル基地局の位置情報から、現在位置や移動経路のトラッキングが可能だ。しかも、同社の認識 AI は、年齢の変化をシミュレーションして古い写真でも個人を識別できるという。

Universe AI の技術は迷子(認知症患者)さがしで政府が採用している

● 地政学的リスクを国策に変える K-SECURITY

 このソリューションは、韓国自治体や政府が行っている「迷子老人」の捜索に使われている。韓国でも認知症老人などの家出、行方不明が問題になっている。同社のシステムは、捜索依頼者(家族)からの写真提供をベースにエリアのカメラに検索をかける。見つかったらその場所、移動経路を教えてくれる。また、若い頃の写真さえあれば、先述の技術で、たとえば 80 歳想定のシミュレーション画像を作成して探すことができる。

 提供写真は捜索ごとに消去され、当局が勝手に特定人物を探したりトラッキングすることはできない手続き、運用になっている。

このソリューションも、Made in KOREA ということで、というより「中国由来ではない」という理由で海外からの引き合いが増えているそうだ。監視カメラについてはハードウェアも AI 認識技術も中国が市場で優位な地位を確保しているが、画像認識やカメラに中国製が使えない、使いたくないという企業、政府は少なくないのだろう。

 K-SECURITY が韓国の次の国策となる日も来るのかもしれない。

 もちろん優れた国産サイバーセキュリティプロダクトは日本にあるにはある。超優秀なセキュリティ技術者もいるし本誌はそういう人を日々全力で取材している。しかし、かといって「J-SECURITY」などという単語を、保安ニュースのジュン・クワン氏ほどの自信と誇りを持って口に出せる人物が日本にいるかというと全くそういう気はしない。これは政府が本気を出さないと。

《中尾 真二( Shinji Nakao )》

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