千澤 のり子 作 「初恋さがし」- 起こりうる事件 来たるべき世界 ~ サイバーミステリ小説アンソロジー | ScanNetSecurity
2024.03.19(火)

千澤 のり子 作 「初恋さがし」- 起こりうる事件 来たるべき世界 ~ サイバーミステリ小説アンソロジー

『初恋の人の行方を知りたい方は、こちらにメールください。依頼はご内密にいたします。速やかに探します。費用は、前金で百円。現在の様子が分かったら追加で五千円。写真付きならプラス五千円。経費はご依頼主様負担でお願いします。無理だったら返金します。 荒川正歩』

特集 フィクション
夏休みのはじめ、幼馴染の友彦から、久しぶりに電話をもらった。

「お小遣い稼ぎを手伝ってもらいたいんだ」

詳しいことは、会ってから話すらしい。

何の予定もなかったので、私たちは十五時に、隣町にあるショッピングモールで待ち合わせた。外とは違って涼しすぎるフードコートで、トリプルアイスをご馳走になる。私ではシングルしか頼めない。

友彦は革製のボディバッグからタブレット端末を取り出した。差し出された画面には、いろいろな電子マニュアルを載せたサイトが映っている。テーマは、恋愛成就、ダイエット、競馬必勝、お金儲けなど。価格は一部につき千円。高いのか安いのか、私には分からない。

その中で、一本だけ百円で販売されているものがあった。

「あなたの初恋の人、代わりに探します」

販売ランキングの一位を獲得している。セット販売で買う人も多いそうだ。半年前から販売しているらしい。

「これ、僕が扱ってるんだ」

友彦はテキストファイルを開いた。

『初恋の人の行方を知りたい方は、こちらにメールください。依頼はご内密にいたします。速やかに探します。費用は、前金で百円。現在の様子が分かったら追加で五千円。写真付きならプラス五千円。経費はご依頼主様負担でお願いします。無理だったら返金します。 荒川正歩』

メールのアドレスは、誰でも取れるフリーメールだ。架空名義に吹き出した。彼の好きな作家をもじっている。

連絡をくれた人にはウェブ口座を教え、百円が振り込まれたら動き出す。これまでにクレームはなく、依頼も一週間に数件はあるという。

依頼者は中高年層ばかり。安価すぎるせいか、騙されても仕方ないと割り切っているみたいだ。

「どうやって探すの?」

「意外と簡単なんだよ」

まず、依頼者と初恋の人の関係を事細かに聞き出す。相手の名前はもちろん、家族構成、住んでいた地域、保育園や幼稚園、小学校、中学校、その後の進路と、分かるところまで教えてもらう。

その次は、とにかくインターネットで情報を検索していく。友彦はあらゆるSNSに登録していた。全部、架空名義だ。男性にも女性にもなっていた。どうやったらそんなことができるのかは、教えてもらえない。

目的の人物が見つかったケースの大半が、Facebookの情報だった。本名登録している人が多いせいか、友達の友達のそのまた友達のと根気よく追っていけばたどり着きやすいそうだ。

「私も検索を手伝えばいいの?」

「それは僕がやる。写真をお願いしたいんだ。スマフォ、持ってる?」

私はポシェットから自分のスマートフォンを取り出した。

「その位置から、僕のこと、撮ってくれる?」

カメラ画面からVサインをしている友彦を覗き込む。その後ろには、コーヒースタンドの店員さんが入っている。

「人が入っちゃうよ」

「いいの。ターゲットはあの人だから」

「えっ?」

《千澤 のり子》

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