~小学校の暴れん坊からiMacによる復活へ
By Rik Myslewski in San Francisco
Posted in PCs & Chips, 6th October 2011 01:57 GMT
アップルコンピュータの誕生
1975年はAltair 8800キットがPopular Electronics1月号の表紙に登場した年で、一般にパーソナルコンピュータが誕生した年と考えられている。
この画期的な出来事の直後、エレクトロニクスマニアたちがホームブリュー・コンピュータ・クラブを作った。ジョブスとウォズニアックのほか、メンバーにはジョージ・モロー、アダム・オズボーン、リー・フェルゼンスタインなど、その後、名をなす人々が含まれていた。ウォズニアックが将来Apple Iとなる最初のプロトタイプを開発したのは、こうした活気ある交流の中だった。
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1975年のスティーブ・ジョブスとスティーブ・ウォズニアック
ウォズニアックが楽しく知的なチャレンジを感じていた所に、ジョブズはビジネスチャンスを見いだしていた。Altairがデビューした後、「マイクロコンピュータ」キットがあちこちに登場しており、ジョブズはウォズニアックの設計、ずばり、カラー表示可能なコンピュータの設計に、市場があると確信していた。
巧みな説得を受け、ウォズニックは会社を設立しよう、そして絶対アップルコンピュータと名付けようという、ジョブズの提案に同意した。その頃ジョブズが訪問したコミューンにリンゴの木があったからなのか、「Apple」が電話帳で「Atari」より前に掲載されるという事実ゆえなのか(電話帳を覚えていますか?)、ビートルズへのトリビュートなのか、この名称の本当の由来は定かではないが、それはジョブズのアイディアであり、ウォズニアックがこれに同意した。
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アップルのオリジナルロゴ
1976年4月1日、ジョブズ、ウォズニアック、そしてジョブズのAtari時代の友人で2週間足らずで新会社を去ることになるロナルド・ウェイン(最近彼は自叙伝を出版した)の3人は、アップルコンピュータ設立の書類に署名した。カリフォルニア、マウンテンビューにある、「Byte Shop」という名の小さなギーク向けショップから、組み立て済みのApple Iコンピュータ50台の注文を受け、またウォズニアックのHP-65カリキュレータ、ジョブズのVWバンを売って得た金で、同社は営業を開始した。
Apple Iはトータルでおよそ200ユニット売れたが、華々しい成功とは言えなかった。伝えられるところによれば、ジョブズはそれを777.77ドルで売りたかったのだが、ウォズニアックは高すぎると考え、価格は666.66ドル、現在の価格に換算すればおよそ2,500ドルになったという。
ウォズニアックが次に作ったApple IIは、全くの別ものだった。ウォズニアックは拡張スロットを装備しなければと言い、実際にそうなった。ジョブズはファン無しで動作すべきだと言い、2人はより小さく、より熱の少ない切換電力供給装置を開発する人材を雇った。
しかし、はるかに重要なのは、アップルの未来の製品開発すべてに影響を与えることになる、ジョブズとウォズニアックの決意だった。すなわちApple IIを、使いやすく、オペレーションはシンプルで、消費者に優しく設計された完全なシステムにしようという決意だ。インダストリアル・デザインにも、ジョブズは気を配った。Apple IIのプラスチックの外観を損なわぬよう、ネジはすべてプラスチック・ケースの下に隠された。
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すばらしく派手なApple II 全ギークの憧れの的だった(提供:oldcomputers.net)
ジョブズはこの時点で、さらに重要な行動を起こしている。主要な投資家でありビジネス・アドバイザーとしてマイク・マークラをくどいたのだ。彼は1977年1月、2人の創始者と共にアップルに加わった。マークラは2人にマイク・スコットも紹介し、駆け出しの会社の社長として彼を雇うよう説得した。スコットとジョブズは、ほとんど会うなり衝突した。最終的にジョブズを追放へと導いた数々の争いの、これが幕開けだった。
1977年4月17日、Apple IIがWest Coast Computer Faireでデビュー。その後、長きにわたり、どのアップルのプレスリリースでも言及されたように、「パーソナル・コンピュータ革命に火を付けた」のだった。(原文)
© The Register.
(翻訳:中野恵美子)
略歴:翻訳者・ライター 《ScanNetSecurity》