Flatt Security の 66.6 %の株式を GMOインターネットグループが取得へ ~ 井手康貴が追う“トリリオン”ドリーム | ScanNetSecurity
2024.04.27(土)

Flatt Security の 66.6 %の株式を GMOインターネットグループが取得へ ~ 井手康貴が追う“トリリオン”ドリーム

国内最大級のテック企業グループに参画することで、最短で株式上場を達成し、一兆円企業を目指す発射台に立つため、株式の過半を超える 66.6 %を渡すという肝のすわった決断に出た。

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 日本経済のために最速で一兆円企業を新たに誕生させるため、GMOインターネットグループを最大株主として迎える。

 本郷にある株式会社Flatt Security のオフィスで本誌取材に応じた同社代表の井手康貴はこう語った。

 開発者向けのセキュリティサービスや、脆弱性診断等を提供する株式会社Flatt Security は 2 月 13 日、GMOインターネットグループから約 10 億円の増資を受けるとともに、既存株主からの株式譲渡によって同社発行株式の 66.6 %を GMOインターネットグループが取得し、GMOインターネットグループ代表の熊谷正寿 1 名を取締役として受け入れると発表した

 井手はかつて大学在学中にインターンとして働いたメルカリ社の名を挙げ、ユーザーを獲得して「J 字成長」を遂げて上場するベンチャーの成長モデルが近年成立が難しくなっていると語り、一方で ZOZO の傘下に入り、ZOZO の持つ社会資本や IT資本を活用して短期間で上場した yutori 社のような「スイングバイIPO」の有効性について言及した。

 国内最大級のテック企業グループに参画することで、最短で株式上場を達成し、一兆円企業を目指す発射台に立つため、株式の過半を超える 66.6 %を渡すという肝のすわった決断に出た。

 井手は、彼の言う「死にゆく日本」を救いたい一心で高校時代には政治家を志した。家族の職業だった医師の道には進まず、東京大学経済学部に入学、大学在学中アパレルの ECサービスを起業し、その後 2019 年にサイバーセキュリティサービスに業種替えをした。

 GMO に渡さなかった株式 33.4 %は、特別議決権を持ち続けるために必要な比率として維持した。また、たとえば「GMO Product Security」といった、「GMO 印」がつく社名変更の予定は現段階では存在しない。派遣される役員は熊谷 1 名のみ。

 「実際に始まってみなければわからないが、ここまで良い条件は他になかった(註)」という。また「GMO のセキュリティ事業への本気さ」を感じたとも言う。
(註:同時進行して話し合いを進めた「Flatt Security を欲しい」企業や企業グループは複数存在した)

 実は Flatt Security は GMOグループに参画するまでもなく順調な事業成長の途上にある。同社の開発者向けセキュリティサービスは日本経済新聞社などが採用、この調子で事業を伸ばしていけば、いずれ株式上場は充分可能な目論見だ。しかしそんなの井手にとっては全く「小粒でスケールが小さい」し、何より「遅い」のだという。27 歳の井手が「どんどん時間が経って自分の人生の持ち時間が減っている」と焦燥感を滲ませ語ったときは耳を疑った。

 数年以内に東証に上場し 300 ~ 500 億円の時価総額を獲得する「大きくて速い上場」、これが井手が達成したい/達成する目標だ。そして海外機関投資家からの資金も得て、ハイクオリティな日本発のセキュリティサービスを海外展開し、一兆円の時価総額を目指す。これが井手の脳内に存在する正気と思えないマイルストーンである。

 井手とともにインタビューに応じた同社 CTO 米内貴志は、Flatt Security の特徴として「プロダクトドリブン」というキーワードを挙げたうえで、増資によって得られた資金は、プロアクティブで自動化された圧倒的な「体験の良さ」を持つセキュリティプロダクト開発のために投資されるだろうと語った。

 抽象的な表現だったが、米内に質問をくり返してわかったことは、要は彼のいう「プロダクト」とは、クラウドネイティブのセキュリティサービス「Wiz」のようなものと遠くないと推定された。

 「Wiz」は、爆発的成長を遂げている新興セキュリティサービスで、あえて極端な表現で言うなら「脈略や前提のよくわからないアラートや知見を山ほど生成してセキュリティ担当者を混乱や忙殺に突き落としてきたこれまでのセキュリティ製品」を刷新する、わかりやすいインサイトを提供するセキュリティプロダクトである。

 その Wiz は、2 月 5 日に Zscaler の元 COO を雇用したばかりだが、取締役会入りする熊谷正寿は、どう Flatt Security の成長をドライブさせてくれるだろう。井手と熊谷の邂逅は、何かルーク・スカイウォーカーがダゴバ星でマスターヨーダと出会った一幕を彷彿とさせる。Flatt Security という事業の世界観が深まり新展開が生まれるかもしれない。熊谷の経験や知見を学び吸収することで果たして井手がどんな風に「育つ」のか。上から目線で楽しみにさせてもらおう。

 今回の取材で井手は 2 回「一兆円」という言葉を口にした。2019 年 12 月の本誌取材では 5 回も 6 回も「一兆円」と言っている。「トリリオンゲーム」という漫画のドラマ化にあたっては、Flatt Security でハッキングシーンの監修も行った。いうまでもなく「トリリオン」は「一兆」の意味である。とにかく井手は「一兆円」が大好き。一兆円さえあればご飯何杯でもいける。

 井手は「トリリオンゲーム」の作画を担当した池上 遼一のある作品を「人生のバイブル」と会社の公式サイトで手放しで礼賛もしている。「池上遼一作品を人生のバイブルと崇める社長」この情報だけを聞いたら、そんな会社では断じて働きたくないと誰しも思うが、しかしそもそも現在の一兆円企業の多くは、こんな規格外の人物によって作られたのかもしれない。

 熊谷正寿は 2022 年の本誌の取材に「たとえ、このままあまり無理をせずに、ほっかむりをしたままでも GMO の事業は成長していくし、それだけの基盤は作ってきました。しかしここでほっかむりをねじり鉢巻きに変えて(サイバーセキュリティの領域で)一丁、もう一発、リスク取っていく(インタビュー文字起こしママ)」と語った。イエラエや Flatt Security のような、とびっきり優れた若い才能が結集するセキュリティベンチャー企業が結果的に GMO に集まってくるようになったのは、ひとえにこの決断である。

 「始まってみないとわからない」と井手が語った通り yutori 社のようなスイングバイIPO が成功する保証など何もない。これがもし池上遼一作品なら、最初の話とはうって変わって Flatt Security は「新自由主義的トキシック・マスキュリニティ」によって経営権を著しく蹂躙侵害され、憤慨した井手は拳を交えたタイマン勝負に勝利し、会社の独立を取り戻すという胸アツの展開が約束されているだろうが、現実は全くそうではない。

 しかし翻って考えるに、そもそも「プロダクトドリブン」なセキュリティ企業というものが日本にはほとんど存在しない。FFRI やソリトンのような例はあるものの、ほとんどは診断や SOC のような「セキュリティサービス」か、「セキュリティコンサル」または「システムインテグレーション」、あるいは EDR・XDR・ASM のような流行りの海外製品(多くがイスラエル)を担いで売ることが日本のセキュリティ産業とほぼ同義になっている。ものづくりで「一兆円企業を育て日本経済を蘇生させる」などという不遜な夢を追ってセキュリティ事業を展開する企業はこいつらだけだ。

 冒頭の「日本経済のために最速で一兆円企業を新たに誕生させるため、GMOインターネットグループを最大株主として迎える」という井手の言葉にはつづきがあった。それは「そのためなら『自分の持ち分』などという狭い了見は積極的に捨てていく」である。

 井手は、自らが新興の一兆円企業を育て上げることに成功すれば、30 年給料が上がらず停滞を続ける日本経済に新しい太陽を打ち上げることになると考える。矛盾した言い方になるが一兆円とはお金ではない。金でないのだから持ち分も何もない。むしろ太陽の光を皆と一緒に浴びたい。

 生涯未婚率上昇も少子化も、あるいは優秀な若者達の海外への移住や就職も、要は現在の日本社会がまともにコミットする価値がない/まともにコミットすると損だけが待っているとみなされ「静かなストライキ」を起こされていると考えることができる。

 「池上遼一作品が人生のバイブル」そんな何かの冗談のような不遜きわまりない経営者が巨大企業を作り出すことにもし成功したら、間接的にではあれ若者の闇バイトのような犯罪も中高年の自殺も減ることは絶対に間違いない。なぜなら日本がいまと違って「希望のある社会」になるからだ。医師の道に進まずサイバーセキュリティの起業家になった井手康貴は日本という国を救うことができるだろうか。

株式会社Flatt Security 代表取締役 井手 康貴 氏(左)、CTO 米内 貴志 氏(右)
《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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