記者が企業取材をするにあたって守っていることがふたつあって、ひとつは記事を書くときに「懐疑的な視点」から文章を書き始めることだ。取材対象が製品やサービスであれ、代表取締役などの人物であれ「ほんとにこの製品 or 社長は信用していいの?」というトーンを冒頭で絶対に持たせるようにしている。これは読者の疑問や不安を先取りするという意図があって、以前、とあるセキュリティ業界歴の長い、ハイブランドの外資系企業のカントリーマネージャーをかなりの数歴任していた人物を取材したときは「一円でも報酬が高ければどんな会社にでも行く金の亡者ではないかと思って編集部は取材に臨んだ」と、読者がきっと思うであろうことを先に文字にした。
もうひとつ守っていることは「取材対象と必要以上に仲良くならないこと」で、以前 GMOサイバーセキュリティ byイエラエ株式会社の福森大喜氏のインタビュー記事を書いたことがあるのだが、記事自体は一定の評価をいただいたようで、数か月後に同じ福森氏が登壇する別のイベント取材に出席した際、GMOサイバーセキュリティ byイエラエの広報担当者が「終了後に福森も会場に残りますので是非お会いになられてください」と気を利かせてくれたことがあった。だが、にも関わらず記者は「大変残念ですが、急いで会社に戻らなければならないので」と、さして残念でもなさそうな口調で言い捨てると、会見が終わるやいなや小走りで逃げるように会場を後にした。これは(一部のスポーツジャーナリズムをのぞいては)取材対象とベタベタに仲が良い記者が書いた記事など読みたい読者はいない、という推定で課しているルールである。
と、いうことで今回の GMOブランドセキュリティ株式会社が提供するブランド TLD の取得支援サービスである。
サービス名称は「.貴社名(ドットきしゃめい)」。いつも通り、大いなる懐疑的視点で取材対象との仲の悪さアピールでも一丁かましてやろうと記事の書き出しを思案したのだが、まったく筆が進まないことおびただしい。そもそも仲が悪くなるほど時間を共有してすらいない。したがってぶつけるべき疑問も偏見もなんら妙案が浮かばない。
なぜ今回に限ってこうなのか? 時間をかけて考えてみてわかったことは、この「.貴社名(ドットきしゃめい)」というサービスは、いわゆる「セキュリティサービス」というよりは、「設備投資」あるいは「デジタルにおける不動産投資」等に近いものであり、いつもの粘着的な偏見を用いたアプローチが成立しないということだった。
実際にドメインは、取得価額が大きい場合には、無形固定資産として、商標権やその付随費用として BS に掲載される資産的側面も持つ。公平に言ってこれは、予算だったり会社の方針が合うのであれば、どんな会社でも一度は導入を一考してみるべきサービスである。
GMOブランドセキュリティ株式会社 ブランドセキュリティ事業本部 本部長 網野 圭亮(あみの けいすけ)氏(写真)に話を聞いた。
● ソフトバンクでの「ユーザー体験」が原点
網野氏は GMOブランドセキュリティに入社する以前、ソフトバンクグループ株式会社に在籍し、法務・知的財産・ブランドの三部門を兼務していた。2012 年、ブランド TLD の第 1 回募集(ファーストラウンド)が開始された際に、企業側として「.softbank」の取得プロジェクトに参画。当時まさに現在の GMO ブランドセキュリティ(当時は別社名)からサービス提供を受ける「ユーザー側」の立場だった。
網野氏は当時のことを振り返り「使い道はまだ決まっていなかった」と語る。ドメインは顧客とのタッチポイントとなる大切なもので、オリジナルの TLD を持つことは将来的に武器になる、そう判断したうえでの先行投資だった。おそらく 2012 年当時に取得した企業の少なくない比率が同様の判断だったかもしれない。
● TLD、ICANN、そして「10 年に一度」
ここで基礎的な説明を挟んでおきたい。TLD(トップレベルドメイン)には、「 .com 」に代表される「ジェネリック TLD(gTLD)」と、「 .jp 」のような「国コード TLD(ccTLD)」がある。インターネットの普及に伴いこれらだけでは不足し、「新 gTLD 」が誕生した。TLD はドメインの階層構造の頂点に位置し、「レジストリ」と呼ばれる機関が管理する。その総元締めが ICANN( Internet Corporation for Assigned Names and Numbers )で、 ICANN はインターネットの健全な運用のためにルールを策定する非営利団体である。
ブランド TLD の申請は常時受け付けているわけではない。財務要件やビジネスプロポーザル、商標権の保有確認など審査が極めて厳格であり、一定の期間を区切って募集される。2012 年の第 1 回募集から今回 2026 年は実に 14 年ぶり。GMO ブランドセキュリティとしても、もっと早く次の募集が始まると想定していたが、第 1 回の申請件数が予想を大幅に超えたこと、審査に時間がかかったこと、そして第 1 回で浮上したさまざまな問題、たとえば銀行の信用状がなければ申請すらできないといった過度に厳格な要件を先に解決すべきとの議論が続いたことで、14 年の歳月が流れたという。
● 世界 500 社、日本 43 社
現在、ブランド TLD を取得しているのは世界で約 500 社、うち日本企業は 43 社・46 ドメインだ。約 1 割が日本企業とは、日本のビジネス文化に一定の親和性があるのかもしれない。1 社で複数取得するケースもあり、トヨタは「 .toyota 」と「 .lexus 」を、日産は「 .nissan 」「 .datsun 」「 .infiniti 」を、そしてヨドバシカメラは「 .yodobashi 」と「 .goldpoint 」を保有している。どのブランドの TLD を取得しているかは、その企業がそのブランドをどの程度大事にしているかのバロメーターのようでもあり、傍から眺めていて興味深い。
● 3 つの機能:セキュリティ、ガバナンス、マーケティング
網野氏によれば、ブランド TLD の価値は、大きく分けて「セキュリティ」「ガバナンス」「マーケティング」の 3 つの機能に分類でき、企業によってどの機能に着目するかが明確に分かれるという。トヨタはガバナンス、リコーや東レはマーケティング、シャープはセキュリティ、同じブランド TLD でも活用思想が企業の文化や課題によって異なる点が面白い。恐らくは非常にいろいろな活用の方法があって、まだ試されていない、あるいは発見されていない可能性も多くあると感じた。
● ガバナンス:トヨタの場合
日本で最もブランド TLD を活用しているのはトヨタ自動車だ。巨大組織ゆえに、特定部門が独自にドメインを取得して Web サイトを構築し公開したり、あるいはドメインの更新を失念してサイトが落ちる、こうした問題の根絶を目指して、トヨタでは新規 Web サイトの構築時にはブランド TLD を使うことを原則としている。新たなドメインを取得させず、「 .toyota 」配下のサブドメインを払い出すことで、ドメイン管理の分散を防いでいる。
また、全世界共通の顧客向け ID 基盤「トヨタ ID 」には「 id.toyota 」が使われている。ログインアラートなどの通知メールにブランド TLD を用いることで、なりすましメールとの識別性を高め、顧客の安心を確保している。その一方で、「 toyota.com 」や「 toyota.co.jp 」といった既存ドメインも引き続き併用されている。完全移行ではなく、ブランド TLD が効果を発揮する領域から段階的に活用する、というのがトヨタのアプローチだ。
● セキュリティ:「治安の悪い集合住宅」から「自社ビル一棟」へ
セキュリティ面では、シャープと東芝がそれぞれ 2024 年と 2025 年に「 mail.sharp 」「 mail.toshiba 」の運用開始をプレスリリースで発表している。なりすましメールが氾濫する中、識別性の高いブランド TLD をメールアドレスに用いることで、顧客がフィッシング被害に遭うリスクを低減することなどが狙いだ。
Web サイトの観点で網野氏が用いた比喩がわかりやすかった。たとえば「 .com 」のドメインを用いていると、「 GM0.com(アルファベットの O をアラビア数字の O にしたドメイン)」のようなタイポスクワッティングを排除できない。これは、同じマンションに悪意ある住人と同居しているようなもので、「隣人ガチャ」はコントロール不能となる。
一方、「 .gmo 」のようなブランド TLD は自社しか使えない。これはいわば「自社ビル一棟買い」であり、誰が入居するかを完全にコントロールできる。多数のグループ企業が存在しても、ブランド TLD 配下に集約することでガバナンスを効かせることも可能になる。

● マーケティング:リコーと東レ
リコーはブランド TLD をコーポレートサイトではなく、個別の製品・サービスサイトに戦略的に活用している。たとえば「 image-pointer.ricoh 」というドメインは、「イメージポインターはリコーが提供するサービスである」というブランドの帰属を URL そのもので表現する。
これには副次的な効果もある。それは、製品終了に伴いサイトをクローズした場合である。独自ドメインであればサイトを閉じて更新をやめた後で第三者にドメインが取得され、ギャンブルサイト等に悪用される、いわゆるドロップキャッチの問題が懸念される。いわゆる「ドメイン永代供養」が必要になる場合がある。実際に、自治体だけでなく企業でもこの被害は相当数発生している。しかし、ブランド TLD 配下であれば、サイトを閉じてもドメインが第三者に渡ることは原理的にありえない。リコーはこの点を明確に意識し、時限的に使う可能性のある Web サイトに意図的にブランド TLD を適用している。
東レは BtoB 企業ゆえに対外的に技術力を訴求する機会が限られることを課題とし、技術ブランド名 +.toray(例:「 nanoalloy.toray 」)のブランディングページを作成。BtoB 営業のツールとしても、採用における企業ブランディングとしても機能させている。
なお SEO については、ドメイン切り替え時に一時的な順位下落は避けられないものの、Google 自身もまたブランド TLD を取得・使用しており、真正なドメインであることが検索エンジンに評価される方向性にあるという。
●「全部更地にして作り直すわけではない」
どこの会社にも、長年運用している社内システムや古いアプリケーションの中に、ドメイン名がプログラム内にハードコード(直書き)されているケースがあったりする。したがってドメインを変えた瞬間、どこでエラーが起きるのか、その全容を把握できている担当者は決して多くない。もう退職して連絡が取れないといった、そのぐらい古いシステムもあるだろう。
ブランド TLD の話を聞いたセキュリティ担当者やインフラ担当者の多くが真っ先に思い浮かべるのは、こうした移行の煩雑さである。DMARC ですら大変なのにドメインの変更なんて頭痛のタネでしかない。メールアドレスの変更、認証基盤への影響、DNS の切り替えと、まるで心臓移植のような大手術を想像して「やりたくない」と思う現場担当者の心理はきわめて自然だ。網野氏も「提案を申し上げても、上に報告せずに、なかったことにするケースもある」と率直に認めた上で、こう続けた。
「実はブランド TLD を取得後に、完全移行している会社はほぼありません。渋谷の再開発と同じで、全部壊して作り直すのではなく、残すものを決めて段階的に進めていく。トヨタさんも toyota.com を引き続き使っています」
つまり、ブランド TLD の効果が最も高い領域、すなわち「新規サイト」「顧客向けメール」「時限的キャンペーンサイト」などから優先的に適用し、一方で既存資産はそのままの運用を行う。この「再開発モデル」が現実的な導入パターンだという。唯一の例外はシャープで、鴻海への資本変更を機にトップダウンでグローバル全面移行を実行したが、これはレアケースだろう。
● AI 時代の「信頼の証明」
網野氏が最も力を込めて語ったのは、AI 時代におけるブランド TLD の価値だった。
「今後 2 ~ 3 年でインターネットの世界は AI によって激動に変わります。SEO という言葉自体が死語になるかもしれない。AI が正しい情報を参照するとき、『 .com 』には偽物がありえますが、ブランド TLD には本物しかありません」
実際に Google も「 .google 」を取得して使用している。AI が情報の真正性を判断する時代において、ブランド TLD を保有していることは、デジタル上で取りうる戦略の幅を広げることになるかもしれない。
● 気になるお値段
ブランド TLD の取得費用は 1 ドメインあたり約 4,000 万円( ICANN への申請費用約 3,500 万円を含む)。ちょっとした EDR よりは高額ではある。しかし網野氏は「企業がデジタル上の最も大切な資産を置く場所として高いでしょうか」と問い返す。たとえば「 insurance.com 」のような価値のある「.com 」ドメインは、数億円から数十億円で取引されていると考えると 4,000 万円は合理的な投資に見えてくる。業界には「セキュリティは費用ではなく投資」という「だったらいいな」の負け戦スローガンがあるが、驚くなかれ、冒頭に書いたように、ドメインに関して言うなら、商標権やその付随費用として貸借対照表に計上するホントの無形固定資産である。だからこれは、企業がデジタル資産や情報発信に関してどんな方針を持つのか、この一点に関わってくると思う。
最もメリットを実感しやすいのは BtoC 企業だ。一般消費者に対して「本物」を識別させるツールとして、Web サイトにもメールにも効果がある。一方で近年は、サプライチェーンセキュリティの観点から BtoB 企業の関心も急速に高まっている。サプライチェーン内のポータルサイトやメール送受信にブランド TLD を用いることで、真正な通信と偽物を明確に区別できる。
また意外なケースとして、インターネット黎明期に .com ドメインを第三者に取得されてしまった企業、たとえば社名が一般名称だったり 3 文字のアルファベットだったりする企業にとっては、買い戻すのに場合によっては数億円もかかる「 .com 」の代わりに、自社ブランド TLD を取得する「絶好の機会」でもある。
たとえば 日産自動車が取得したかったであろう「nissan.com」は米国に移民した Nissan 氏に取得され、故人をしのぶサイトにそのドメインは使われている。これはもう権利をお金で買うという話では無さそうに見える。ちなみに一般名詞である「 sharp.com 」も第三者に使用されている。こうした企業にとってブランド TLD は、失われたデジタル上の自分の領土を取り戻す手段にもなりうる。
また、社名変更やブランド統合を予定している企業にとっても、新しい社名でブランド TLD を確保しておくことは検討に値するだろう。
導入のスピード感はトップダウンの有無で劇的に変わるという。ある企業では、網野氏のプレゼンを聞いた経営者が「やらない理由はない。たった 4,000 万円ならすぐやろう」と 3 秒で即決したという。デジタル技術やデジタルマーケティングへの理解と敬意を持つ経営者がいる企業ほど、意思決定は驚くほど速い。
● GMO ブランドセキュリティの強み
ブランド TLD の取得支援を行う企業は他にもあるが、GMOブランドセキュリティ株式会社には決定的な差別化要因がある。それは、自社グループで「 .gmo 」を取得し、グループ全社で実際に使用していることだ。全グループ会社に「 .gmo 」使用の方針が示され、順次切り替えが進んでいる。使うことで蓄積されるノウハウは、自社で使ってノウハウを蓄積していない競合には及ばない経験知を持つ。
技術面でも、グループ会社の GMO ドメインレジストリは「 .shop 」などを運営する強力なバックエンドシステムを保有しており、ICANN が求める厳しい技術要件を満たしたインフラをそのまま顧客に提供できる。実際、レジストラの競合の中にもバックエンドで GMO のドメインレジストリのシステムを使っている企業があるという。取得コンサルティングとバックエンド提供の「合わせ技」は、GMOインターネットグループならではのサービスだ。
● セカンドラウンドの現在地
今回のセカンドラウンドは 2026 年 4 月 30 日に受付をすでに開始している。受付締め切りは 8 月 12 日。わずか 3 か月半の期間で、全て英語の申請書類、すなわち「技術要件」「ビジネス要件」「経営者の身上調査(逮捕歴や犯罪歴の有無確認等を含む)」「有価証券報告書の英訳」等々を揃え、8 月 17 日までに約 3,500 万円を入金しなければならない。なお GMOブランドセキュリティ経由での申請は書類準備の工数を考慮し可能な限り早めの着手を推奨している。
今回の第 2 回募集は、発注と内示を合わせるとファーストラウンドの日本企業数( 43 社)を超える勢いだという。GMOブランドセキュリティの目標は、日本企業に加えアジアを含む海外企業も含めた 300 社だという。なお、第 1 回で取得済みの企業が追加ブランドの取得を希望するケースも含めた目標設定だという。
● 企業のステータス、そして社会的責任
トヨタの担当者が網野氏にかつてこう語ったことがあるという。「ブランド TLD は企業のステータスになる」それは、見せびらかすためのステータスではない。顧客保護にきちんと投資している企業であることの証、すなわち企業の社会的責任のステータスだ。
自社ではなくユーザー、ひいては社会全体の安全という目線を持つ点で DMARC と同様にブランド TLD は、単に自社を守るためだけでなく、ユーザーを守るための施策でもある。シャープと東芝がメールアドレスにブランド TLD を採用し始めたのは、まさにその文脈だ。
● 世の中には 2 種類の企業しかない
取材の最後、記者が「ブランド TLD を持っている企業と持っていない企業では発信力や信用力に明確に差が出る未来がありそうですね」と水を向けると、網野氏は深くうなずいた。「一定の規模の企業がこれを取らないという判断は、かなりチャレンジングだと思います。今回取らなければ、次がいつになるかわからない。その間は取りたくても取れないのです。」
先に挙げた不動産の例えを使うなら 14 年に一度しか売りに出ない一等地のようなものだ。あるいは、きちんと運用すれば安全で治安の高い自社ビル一棟。それを 4,000 万円で買えるチャンスを見送れるか否か。
追伸:書籍プレゼントのお知らせ
今回の取材をセッティングしてくれた GMOブランドセキュリティの広報担当者が、壇蜜とあのちゃんと戸川純をブレンドしたようなどこか妖怪のような風情のある素敵な方で、取材後に話をしていた流れで、網野氏の著書『ブランド TLD 徹底活用ガイド - 事例から学ぶ経営者や実務者が知るべきブランド TLD の活用術』を先着 30 名の ScanNetSecurity 読者にプレゼントしてくれることになりました。
希望者は GMOブランドセキュリティの問い合わせフォームから「ScanNetSecurity の記事を読みました」と記載の上、送付先を連絡して下さい。妖怪のような雰囲気のある素敵な広報担当者曰く「要点と事例だけが書かれた、 1,650 円もするとは到底思えない薄い本なのですぐ読めます」「セカンドラウンドを過ぎると紙ゴミになってしまうのでどしどし応募ください」とのことでした。


