工藤伸治のセキュリティ事件簿 第25回「エピローグ:境界線」 | ScanNetSecurity[国内最大級のサイバーセキュリティ専門ポータルサイト]
2017.01.17(火)

工藤伸治のセキュリティ事件簿 第25回「エピローグ:境界線」

特集 フィクション

※本稿はフィクションです。実在の団体・事件とは関係がありません※

「私が逃げたら、どうなるんですか?」

遠山は床をじっと見つめたままつぶやいた。

「ダメだよ。実家も家族のことも全部こっちは知ってるし、あんた、クスリやってるだろ? その話を警察に流せば、すぐに捕まるよ。逃げられないよ」

オレがそう言うと、遠山の顔から血の気が引いた。まさか、クスリのことまで知っているとは思わなかったんだろう。カタカタ震えている。オレはさらに遠山が金を借りている消費者金融の業者の名前を上げた。

「オレはサラ金にも顔が利く、あんたが思っている以上にオレはあんたのことを知ってるんだ」

やる時は徹底的にやる。逃げられないと思ってもらわないと困る。遠山は幽霊のような形相で立ち上がった。なにも言わない。ショックなんだろう。その気持ちはわかる。そういう気持ちになってもらうために言ったんだ。

オレはすっかり暗い顔になった遠山を連れて公証人役場に行った。いつものことながらここはにぎやかだ。死にそうな顔のヤツや元気よく怒鳴り合ってるヤツ、ミナミの帝王みたいなヤツ、薄幸そうな女など、ネガティブな人間の見本市だ。

公証人に、文章をちょっと直されたりしたが、滞りなく処理は終わった。三十分もかからなかった。オレと遠山は公証人役場を出ると、明治通りを並んで歩きだした。遠山がオレに二通の封筒を手渡してきた。

「なにこれ?」

オレが立ち止まって封筒を見ると、退職届と有給休暇届だった。この女、どこまでとぼけてるんだ。

「あの、もし、自己都合で辞めたっていうことにしてもらえたら助かると思って……葛城さんに渡してもらえませんか」

遠山は暗い顔でオレに言った。だめだ。まだわかってない。データを流出させたのも会社を脅迫したのも立派な犯罪だ。犯罪者としての自覚がない。データをコピーして、ソフトで暗号化、会社にメールを送信。強盗や殺人と違って明確なハードルがないから、自分がなにをしたかまだわからない。クスリもそうだ。違法ドラッグをやってる意識がない。酒やタバコと同じように知り合いにすすめられてやっただけ。酒やタバコとの境界線がわかっていない。この女には一生わからないかもしれない。しかし有給休暇とは、どこまでナメてんだ。

「やだね」

オレは短くそう言うと、遠山の目の前で封筒を破った。

「あんたは、犯罪者なんだ。たまたま会社の都合で見逃してもらっただけだ。いつ逮捕されてもおかしくない。そうなったら、あんたの家族も破滅だ。そのことをちゃんと理解するんだな」

遠山は紙のように白い顔になった。今にも倒れそうだ。オレたちの横を通り過ぎる人たちがオレと遠山を珍しそうに見る。オレは棒立ちになっている遠山を置いて立ち去った。

境界線がわかっていないのは、葛城やR式サイバーシステム社もそうだ。これは立派な犯罪だ。オレがまっとうな人間だったら、警察に届けるように言うだろう。会社が甘くてぬるいから、遠山みたいな社員が出てくるんだ。

オレはため息をついた。こういうぬるい連中がオレのメシの種なんだ。

R式サイバーシステム社に戻ると、葛城と川口が会議室で待っていた。

「お疲れ様でした」

浮かない顔をしている。解決したんだから、もっとうれしそうな顔をしろよ、と言いたいとこだが、浮かない気分もよくわかる。

「請求書とか、報告書は沢田からそっちに行くと思う」

オレは公正証書の謄本や資料を葛城に渡した。

「はい、そのように聞いています」

川口が大福みたいな額の汗をぬぐいながら答えた。

「オレの仕事はこれで終わりだ。いい勉強になったろ」

オレは葛城ににやりと笑って見せた。葛城はいやな表情を浮かべた。なにも言わずにオレをにらんでいる。オレは軽く手を振って部屋を出た。

R式サイバーシステム社のビルのエントランスに出ると、外で雨が降っているのが見えた。駅まで濡れてゆくか、それともタクシーでも拾うか、オレはちょっと考えた。

「君島さん」

うしろから聞き覚えのある声がした。寒気がする。振り向いちゃいけない、とオレの本能がささやいた。振り向かないでいると、うしろから袖を引かれた。

「あたしのこと嫌いになったんですか?」

和田はそう言うと、アニメ声で、お兄ちゃん、とオレのことを呼んだ。ヤバイ。ここの会社の社員がこっちを注目してる。とにかくここから逃げなきゃ。

「そんなことないでけどさ。オレ、帰るんで」

オレはそう言うと、和田を振り払って降りしきる雨の中に飛び出した。タクシーを止めると、急いで乗り込む。

「渋谷…」

渋谷の道玄坂の辺りまで、と言おうとした時、和田が体当たりして乗り込んできた。

「車出してください」

ドアが閉まり、タクシーは静かに走り出した。和田がオレに身体を押しつけて寄りかかってくる。甘い香りがオレの鼻腔を刺激する。とたんにエロイ誘惑が襲ってきた。いけない。こんな妄想女に手を出すと大変なことになる。オレは煩悩を振り切った。だが、オレが降りろという前に、

「工藤さん、なんでもう固くなってるんですか?」

と和田がオレの股間に手を当ててつぶやいた。オレは、がっくりと肩を落とすとため息をついた。オレの負けだ。和田が、オレの耳元でお兄ちゃん、と再びささやいた。

タクシーは小雨の中を淫蕩な街、渋谷に向かって走り続けた。(終)

(才式)

【関連リンク】
はじめから読む >> 第1回「プロローグ:身代金」
http://scan.netsecurity.ne.jp/archives/51918639.html

さりとてあるまじろ
http://blinedance.blog88.fc2.com/
才式著(一田和樹名義)/原書房刊「檻の中の少女」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/456204697X/


●作者から一言
半年間にわたって「工藤伸治のセキュリティ事件簿」をご愛読いただき、ありがとうございました。Webとメールでの連載ということで、描写を極限まで削り、会話主体でわかりやすい進行を心がけました。実は、書いた時期が少し前だったので、今読むと古い内容も含まれております。機会があれば、書き直したいところです。

工藤ちゃんは、新年再び新しい事件とともに、みなさんの前に登場します。引き続きのご愛顧よろしくお願いいたします。(才式)

発売開始「工藤伸治のセキュリティ事件簿-R式サイバーシステム社編 電子版」付録資料掲載
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《ScanNetSecurity》

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